血潮伝う金床の星 第十二話
「いいか? ウンコたれ。省内では口をきくんじゃあねぇ。わあったな?」
ユリナに連れられて首都へと赴いたとき、街の様子がかなり近代的であることに俺は驚いていた。汽車もあれば、蒸気自動車、アーク灯、電線……。しかし、よく見れば日本にいた頃、図鑑やネットにあったものとは少し異なっている。エネルギー源に魔石が使われているのか、全体的に小さめだ。
きょろきょろと辺りを見回して、それについてユリナに尋ねたかったが、間もなく口を封じられた。車内で足を組みふんぞり返り、まるで、もっと発展したところから来たのだからいちいちビビる必要ないだろう、とでも言いたげだ。しかし、電車に、オートマ車、スマホの世界から来た俺には逆に新鮮だ。
外を見るのをやめて、運転席のほうを見つめた。運転手が手前に突き出るようなハンドルを握っているのが見える。
「返事は?」
「イエス、マム」
「……殺すぞ。フフッ。常に据わった目ェしてろ。前が見える程度に眼球上に向けてりゃいいんだよ。話しかけんなオーラフルスロットルで」
黒塗りの蒸気自動車が止まるとドアが開いた。そこから素早く降りると、目の前の建物の回転ドアへと向かっていった。つかつかと音を立てて歩くユリナの後ろを歩き、入り口へ向かい、彼女に敬礼した守衛を横目に回転ドアを通り過ぎた。守衛は後に続く俺を凝視していたが、何も言わずに通過させてくれた。
エントランスホールは広く、陽の光がよく入り込み明るい。軍服やスーツなどいろいろな服装の人がいて、それぞれに忙しそうに歩いていたり、誰かと立ち話をしていたり思い思いに動いている。そしてその中心に何かのモニュメントがある。背後の壁には金床四星の国旗が飾られていて、ルーア・メレデント共和国軍部省本部と重々しい字体で書かれた青銅板が貼られている。
迷うことなく奥にあるエレベーターに乗り込み、蛇腹のドアが開かれて降り、五階の角にあるユリナのオフィスの前にあっという間に着いた。ここで俺は秘書扱いなので、ユリナより先にドアノブに手をかけた。カタカタと取れていまいそうなドアノブをつかみ開けると、むあっと染み付いてから時間の経過したタバコのにおいが鼻の奥に広がり、黒いソファに紺色のスーツを着た男が座っているのが見えた。
オールバックの黒い髪に色白の肌、細く切れ長の青い目、どこか誰かと似たような雰囲気を持つ男だ。膝の上に置かれた手は大きく、剣を扱っているのかシロークと似たような形をしている。目が合うと切っ先を向ける様な眼差しで、真新しい軍服に身を包んだ見覚えのない男の顔を警戒するように見つめられた。内側からドアを押さえてユリナを部屋へ導くと、遅れて現れた彼女の姿を見て彼はにっこりと表情を変えた。
「お待ちしておりました。ユリナ・ギンスブルグ長官。銃配備の件、お世話になっております」
「ンなわけねぇだろ。テメェらのクソの世話した覚えはねぇ。政省のクソ坊ちゃんはお待ちかねの書類受け取ったらさっさと消えるこったな。メレデントのおっさんに、銃が整ったらクソ穴増やしてやるってよろしくいっとけ。マゼルソンをハチの巣にすんのはそのあとだ」
通訳すると“お待たせしました。書類にハンコは押してあるので、あなたの上司に届けてください。銃の生産が整い次第、再度ご連絡差し上げます。その後、法律省警備隊に配備いたします”だろう。ユリナはそう言いながら机の上にあった書類ケースを男に渡した。その男はくるくるとひもを外し、中身を確認すると再び笑顔になり、
「では、自分は失礼させていただきます」
と挨拶をして、横目で俺を睨みつけたまま部屋から出て行った。
この男の笑顔は目が笑っていない。そして目つきは常に変わらない。他のエルフとは違う何かがある。そう感じた。
ドアが閉まり、ユリナが椅子にドカッと腰かけると、椅子のバネが悲鳴を上げた。そのまま足をデスクに載せた勢いで付箋とメモだらけの書類の山が崩れた。鬱陶しい紙きれをどかすようにしてデスクの上のくしゃくしゃになった箱を取り上げて中からタバコを出した。
「見てたか? クソ漏らし。今のがモンタンだ。マレク・モンタン。帝政のころは民書官だったメレデントの見習い部下だったらしい。今の立場は一等政省秘書官。強硬派と考えていいだろう。ちなみに、奴が『共和国に栄光あれ』と言った瞬間を見たことがない。強硬派と言うよりか、帝政支持者だろうな」
ブラインドを開けると陽の光が強く差し込み、その逆光の中に一筋の煙が上がる。ユリナは吸った後の煙を鼻の穴から吐き出した。落ち着いたのかデスクの封筒を開封し始めた。
良く見回せば汚い部屋だ。散らかった書類、ヤニで茶色くなった壁、何年も回していなさそうなシーリングファン。窓枠には埃が影を作っている。
「候補者か?」
読んでいた手紙を放って俺を見た。彼女は肩眉を上げている。
「ちげぇよ。候補者はアレの飼い主だ。金融省に勤めるセルジュ・ギルベール。おめぇ新聞読んだんなら名前くらい知ってんだろ?」
「一番有利な状況の強硬派の候補者か」
「ご名答ゥ。クソと一緒にミソは出てねぇな。つまりどういうことかっつーと、政省の手勢の候補者がギルベールだ。ところがどっこい、このギルベールってのが、やたら声がデカいうえに馬鹿正直者で有名あんだよ。この仕事向いてんのかよなぁ?」
ユリナは両掌を天に向けて上を見上げた。よほどギルベールをバカにしている様子だ。
「その言い方だと、他三権力それぞれに候補者が出てるってことか。軍部省はシロークで、法律省と金融省にもいるんだな?」
「しょういうこと。候補者は基本的に同一省内から出すことになってるから、現時点での候補者三人は金融省勤めだ。が親玉が違うってこった。現金融省長官アルゼンはワンマンで後継者を育てなかった。つまりすぐに椅子を渡せるポスト長官がいねぇわけだ。だから、どこの省も次は和平派だの強硬派だので評議会選挙に躍起になってるわけよ。んで、法律省からの候補者はカスト・マゼルソン」
「マゼルソン、ということは息子か?」
「そうだな。現職ヘリツェン・マゼルソンの息子カストを金融省長官にして一族で権力独占、というのは責められねぇな。旦那を土俵に載せる私らもそんな感じになる。んなんだから私らもシロークを立候補させやすいんだがな」
デスクに足を上げたままの姿勢で書類を読んでいたので灰が制服に落ちたのか、舌打ちをした後しかめた面をして払っている。そして、吸殻でカリフラワーのようになった灰皿に、器用にタバコを押し付けて消すと立ち上がった。
「ぶっちゃけ、カストのやつは私たぁ馬が合わない。別に殴り合う間柄てわけじゃねぇがな。性格は、まぁ会ってみりゃわかるよ。近々会うことになるぜ。なんせシロークのご学友様だからなぁ。おっと時間だ。クソ漏らし、ブリーフ洗ったか?これから四省長議だ」
「会議中にあんたの暴言でクソ漏らしそうだ。俺は何をすればいい?」
「なーんもしなくていい。後ろで深海魚みたいなツラでぼーっと突っ立てろ」
何かの書類を山から引っ張り出し、くしゃくしゃのまま鞄に放り込んだ。その鞄を俺に放り投げた。
「行くぜ。カバン持ち」
ブラインドは閉められると、しゃん、と音を立てて外の光を遮った。
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