迷える羊飼いとギンセンカの乙女たち 第二十一話
予定を早め、翌日の明朝にマルタン山岳部に向けて出発することにした。
山岳地帯への移動はティルナの持つ移動魔法用のマジックアイテムで行う。
マルタンは山岳部を含め、亡命政府が警戒をしている。とはいえ亡命政府は大規模ではなく、山岳警備に向けるほどの兵力は持ち合わせていないので手薄だ。
件のダムはそれでも警備兵が置かれている。戦略的に重要であることは理解しているようだ。発破を掛けるぞとユニオンを脅そうと思えば可能だろう。だが、それには人員も発破も足りない様子だ。
ダムの奥は工事の際に木が切り倒されて広場になっていた。下の方からはダムの巨大な堤体により遮られているので、そこは全く見えないのだ。
本来上に見張りを置くべきだが、そこまで人員がいないのか、はたまた上に来るまでが面倒くさいだけか。政府と名乗る割りにだいぶ粗が多い。
まずは元101支部の数名が斥候として送られることになった。そこに私やティルナも加わった。
二人一組で行動し、当日までに情報収集を行う。一組はダムを下り警備兵の数や交代時間などを調べ、別の組は近隣集落の協力員への連絡を行う。
私とティルナは国境となっている分水嶺まで接近し、上空からでは視認できない木々の葉の合間などで行われている連盟政府の動向を地上からの目視で探ることになった。
ティルナがポータルをダム裏の広場に開くと、それぞれがそこから一斉に散り散りになり各チーム任務に就いた。
それぞれのペアを送り届け、見送った後に私とティルナもダム裏へと向かうことになった。
だが、ティルナが背中に大剣を背負っているのが気になった。
私もつい最近まで振り回していたが、折れた後にユニオンから贈与されるという話が持ち上がったが独立などで話は有耶無耶になり、私自身も話を進めておらず結局手にしていない。
あれほど自信ありげに、分厚い白い鎧とともに振り回していたというのに、今ではむしろ邪魔だと思っている。
剣とともに誇りは折られた、牙をもがれたと笑う者がいるかもしれない。しかし、剣に誇りがあるというのは確かだが、誇りの形も時代に合わせて対応してなければいけない。
私は新しい時代の銃をよく知らない。だが、威力は幾度となく見てきた。
鎧がどれほど頑丈であろうとも銃の前には、顔や目の隙間、関節の隙間など生身が露出するのでは意味が無い。
剣とはリーチの差が圧倒的でありながらも、骨を貫くような深手を容易に負わせられる銃の前には敵わない。
剣は宝飾品の一つに成り下がり、戦いの時に手にしようとは思えなくなった。
ティルナの手の中のそれは、もう時代遅れなのだ。
「それ邪魔にならないですか。森の中は狭いからない方がいいと思うけれど」
ティルナは剣を持ち上げて「これは大事なの。兄の残してくれたものだから。あなたは素手で充分戦えるかもしれないけど、私は攻撃に重さがないからこれが必要なの」と鞘を撫でながら言った。
確かにそうではある。だが、斥候なので出来る限り身軽な方がいいとは思う。
銃はどのタイプでも音が出るので今回は持っていくわけにはいかない。
銃声が聞こえなかったとしても、それで飛び上がった鳥の群れで気づかれてしまう。
「戦闘が起きないように慎重に動きましょう」
そういいながら二人でポータルを抜けた。




