迷える羊飼いとギンセンカの乙女たち 第二十話
「何、と仰いますと?」
「よもや我々ユニオンを踏み台にするつもりではなかろうな?」
ルカス大統領は具体的に言おうとはしない。おそらく協会が覇権を取ろうとしていることに気づきつつあるのだろう。
「踏み台になりたいのですか?」
ルカス大統領は素早く私の方へ首を動かすとムッと口を結んだ。
この男はここで引き下がれば激怒するだけだ。ならばこちらから攻めればいいのだ。
「時代は大きな転換点を迎えています。時代の覇者は一人。ですがそれも前時代的な発想。
世界は種族を越えて広がり、歩む足は速くなり大地の隅々にまでエルフも人も溢れ、耳も速まり、世界のどこにいても情報は容易に手に入るようになりつつあります。もはやアトラスは巨人ではなくなりつつあるのです。
アトラスが縮んだのではありません。世界が広がり、人とエルフにとって距離が縮まったのです。
これまでの覇者というアトラスは、たった一人ではその拡大を止めない世界を支えられなくなりつつあります。
ただの踏み台で留まるか、それとも新しき時代のアトラスたちに加わるか、それは全てが収まった後のユニオン次第ではないでしょうか?」
ルカス大統領は私の言葉に目を丸くして硬直した。そこに驚きはあっても怒りはない。
「アトラスは世界の西の果てで天空を支えている。我がユニオンは人間・エルフ共栄圏で西に位置し、海の覇者だ。
アトラスは苦しみながら天を支えている。だが、もし彼が肩をすくめれば天が落ちてしまう。天空を支配しているも同然。
そして、我々はどこよりも先んじて飛行機を実用化し、空を手中に収めつつある。踏まれて耐えるだけの踏み台などでは終わらんよ。
君たちこそ、我々を黄金のリンゴを奪う者にせぬよう用心することだな」
欲深い肉食のアホウドリは笑っている。ルカス大統領に余計な火を点けてしまったかもしれない。
さすがはユニオン大統領。父上とはまた種類の違った自信が溢れている。
協会の覇権獲得はなかなか険しい道のりになりそうだ。
「そうですね」とそれ以上の言葉を控えた。私はこれ以上口を開けば、彼を必要以上に焚きつけてしまうからだ。
ルカス大統領は私がまだ何か言うのではないかと黙って構えていたが、私が黙り込むのを見ると目をつぶって下を向いた。そして、鼻から息を吸い込むと顔を上げた。
「ティルナ、君も現地に赴くのだろう? 後は親友同士でゆっくり話したまえ。宣言まではまだ日にちがある。今日明日はラド・デル・マルで過ごし、共に現地へ向かってくれ」
その言うときの顔は、かつての気さくなコーヒー屋の社長の顔に戻っていたのは些か不気味だった。




