迷える羊飼いとギンセンカの乙女たち 第十三話
「とにかく重要人物がユニオンに入国したという噂は流れているんですよ。何か心当たりはあります?」
おそらく先ほどの関所にいた誰かが情報を流したのだろう。
あのとき、私はあえてルカス大統領ではなくティルナ・カルデロンと面会があると嘘をついていた。
それから察するに一番の容疑者は一人しかいない。それかもしくは、彼から話を聞いた者がいて、そいつか。
警戒が甘かった。対応したのは兵士だけであり、現場を見た者たちは連盟政府に返されているはずだ。一応にも丸く収まっていたので、ここまで大事になるとは思っていなかった。
「国境を越えるときにちょっと一悶着ありまして」
申し訳なさそうにそう言うと「勘弁してくださいよ」とヤシマは額から顎を掌で擦った。
「あとで詳しく聞かせてください。あなた、一応ヴィトー金融協会とかいう最大組織の頭取の娘である自覚を持ってくださいよ」
「申し訳ないです。ですが、一度、警備兵の身辺調査を徹底的にした方がいいと思われますよ」
「あの辺の軍隊の管轄でしてね。軍隊入隊時には全員しているんですがね。入ってからは特にはしてないんですよ。
それに信仰の制限は過激で破壊的でなければ特にしていないので。
ですが、まぁ、今回市街地に実際に被害があったんで、することにはなるでしょうね」
ヤシマは歩き出すと掌を前にかざして案内するようになった。
「とにかく、カルデロン本宅に向かって大統領と面会してください。他の方も何名かもういらっしゃってるんで」と再びポータルを開いた。
ポータルを抜けるとカルデロン本宅の前に出た。本宅は政府中枢になっていると聞いており、大規模な増改築が成されていると思っていた。しかし、建物の外観はそのままだった。
「あまり変化がありませんね」
「そりゃこの建物は重要文化財ですもん。それなりに歴史がありますからね。その重みを政府に持たせる為にここに建物を変えずに政府中枢に入れ替えたんですから」
ヤシマが正面玄関をノックすると、内側からメイドが開けた。そのまま目の前の階段を上っていった。
私の記憶が正しければ、二階には客用の更衣室があったはずだった。
しかし、二階に寄ることはなく、そのまま会長室(現大統領執務室)のある三階へと上っていった。
「そのまま大統領と面会してください」
私が何やら怪訝な事に気がついたのか、ヤシマはこちらを見るとそう言ったのだ。
「私は汚れていますよ? 一昼夜茂みや森の中を走り続けていたので」
ヤシマは私の格好を改めて見ると、確かにそうだなとぼやいた。
しかし、「あまり時間が無いので。面会終了まで部屋用意しとくんで、そのとき着替えてください」と私を大統領執務室まで案内した。




