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迷える羊飼いとギンセンカの乙女たち 第十二話

「こりゃ、シートベルト無しの運転の厳罰化を計らなきゃなぁ。最近車もスピード出るようになってきたし、道交法はどこも似てくるモンなんだなぁ」


 横転して潰れている車を前にしてヤシマは後頭部を掻いて困ったように「あぁあ、ひでぇなこりゃあ」と言いながら眉を寄せている。

 運転席の男はフロントガラスに大きく頭をめり込ませるようにぶつけている。蜘蛛の巣のようにひび割れたガラスの溝を伝い、その頭部の外傷から赤い血がちたちたと滴っている。

 よく見ればハンドルが顎から生えているように見える。間違いなく即死だ。

 あの状態で生きていられるのはシバサキくらいだろう。


「それにしても、かなり速度を出していたはずの車に向かって寸分狂わずに何かを投げつけてぶつけるとは、なかなか手練れのようですね」


 脱出の際に使ったナイフを摘まみ、刃を上に向けて確かめた。なかなか鋭い。血がぬったりとついているが、それさえも切り裂きそうなほどに輝いている。


「大したものじゃない。投げナイフですよ」というと目にも追えぬ素早さで右袖から小さなナイフを持ちだした。

 私は動きに合わせて左足を前に出し腰を落として掌の中のナイフを内側に構えたが「何にもしないですって」とヤシマは苦々しく笑った。

 しかし、素早い。この至近距離で対峙していたら急所に喰らっていたかもしれない。


 右手の中に収まるものの形は両刃で刃渡りは短く、柄の後方には穴が開いている。私の使ったものと全く同じだ。


「今じゃ机にかじりついてるが、まだ現役のつもりでやってんです」


 そう笑いながら右手をスナップを利かせて動かした。同時にナイフは吸い込まれるように袖の中に姿を消した。

 私は警戒を緩めて、身体に付いていた土埃を払いながら「色々追われましたが、マルシェで取り囲んでいた方はどこの手下ですか?」と尋ねた。

 するとヤシマは「さぁなぁ」と困ったような顔になった。


「市街地の外まで尾けてたのはおれの部下ですが……。入ってからは別じゃないっすかね」


 つまり、私は異なる三組織から尾行されていたことになる。


「そこの三人は“ミストル・アーク”と名乗っていました」と言いながら車の方を見た。

 車は炎上し、ぼむぼむと小規模な爆発を繰り返し、ついには運転席からも炎を吐き出し始め、熱で崩れていく。


「新興宗教だな。連盟政府を中心に流行ってるらしいですよ。

 何でも、教祖が目に見える奇跡を起こせるらしいですよ。おれからすりゃあ、魔法でも充分奇跡だとは思うんだけど。それを上回る奇跡ってのはなんだかな。

 キューディラの掲示板機能を中心に噂が広まってユニオンでもホンキにするヤツがちらほらいて困ってましてね。

 ホンキにした挙げ句、一目その奇跡とやらを見ようとして連盟政府にこっそり行って帰ってこようとして国境で捕まる奴もいるんです。聖地巡礼とか関係無しに不法出入国でフツーに逮捕ですけど。

 それでさらにややこしいのが、在住証明が出来る者なら良いんですが、捕まるだけ捕まってそれが出来ないのに自分は元はユニオン在住で連盟政府に行っていただけだ、って言い張る輩もいるんですよ。

 そう言われるとすぐさま連盟政府に追い返せない。籍だの何だのを調べなきゃいけないんで。

 まぁでも、最近は多くて調べ方もマニュアル化されてきたしキューディラも普及してるんで、すぐに分かるんですがね。

 捕まってでもユニオンに留まりたいヤツがいるんですよ。勾留中は三食うまい飯が食えるとか何とか。

 宗教関係無しに繰り返そうとする奴もいるし」


 ヤシマは髭を弄りながら苦笑いを浮かべた。

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