迷える羊飼いとギンセンカの乙女たち 第十一話
音の方を見ると、親指ほどの大きさに窓ガラスが穴が出来ていた。そして、右隣に座っていた男がぐったりと前のシートに倒れていったのだ。よく見れば下向きになった顔から血が滴っている。
「貴様! 何しやがったんだ?」
運転席の男が後ろのシートの異変に気がつき、こちらへと大きく振り向いた。
今度は前方から似たような音がすると、前の男もぐったりと運転席の方へ寄りかかるように倒れていった。
自分以外の仲間があっという間に、それも視界に入らないところで殺されてしまったことに動揺した運転手はきょろきょろと首や視線を動かし始めた。
焦る仕草に合わせるように車の走行も不安定になり、右へ左へと尻を振り始めた。窓越しにガードレールが近づいては遠ざかりを繰り返している。
「おい、おい、ふざけんな! お前以外に何かデキるヤツがいるわけない! 何しやがったんだ!」と怒鳴りながら車の速度をさらに上げ、倒れ込んで来た男を避けようとハンドルから手を離した。
「何も。それよりも、前、見た方がいいですよ?」
私の言葉に男の視線が一度前に向いた。すぐさま視線を離したが、再び前方へ大きく振り返り、動揺したような顔で叫びだした。そして、ぐったりと倒れ込んでくる男から手を離してハンドルを握った。
目の前には移動魔法のポータルがぽっかり開いていたのだ。
さらにその先にはコンクリート製の壁が見えている。
運転席の男は悲鳴を上げながらハンドルを思い切りきった。だが、ポータルからは逃げ切れず突っ込んでいき、後方の一部を壁に思い切りぶつけた。
左右に振られるように大きく揺れたが、コンクリート製の壁への真正面からの直撃は回避することができた。
しかし、出ていた速度と切りすぎたハンドルにより、車は回転するように宙を舞った。
運転席の男は前に投げ出されフロントガラスに頭を強打し、既に息絶えていた屈強は男二人は回る車内で窓ガラスにぶつかり、一人はうなだれた身体を天井へとぶら下げた。もう一人は窓ガラスを割って外へと飛んでいった。
車は二、三度転がり、天井を下にして回転しながら止まった。
シートに刺さっていたナイフを取り上げ、シートベルトを切った。硬いと聞いていたが、そうでもないようだ。割れた窓ガラスから外へと這い出した。
這い出ると同時に車が爆発した。
爆発に驚き頭を抱えて身をかがめつつ背後の車を見ると、車の後部が炎上し小さな爆発をいくつも繰り返していた。
事故の際の衝撃で魔石のリミッターが壊れて、蓄えていたエネルギーが暴発したのだろう。
距離をとって爆発炎上し続ける車を見ていると、背後から人の気配がしてそちらを振り返った。すると一人の髭を生やした男がこちらへ向かってきていた。
細身の黒いスーツを着ているが、車内にいた者たちとは違い、明らかに素材が高価なものだと一目で分かる。
整えられたコンチネンタルひげが生えた男はゆっくりと歩みを進め、顎を引きながら微笑みを浮かべて歓迎するように両手を広げた。
「やれやれ、シートベルトしてたのはアンタだけか。カミーユ・ヴィトーさん。ようこそ、アルバトロス・オセアノユニオン大統領府へ」
「お久しぶりですね。随分手荒いお迎えですね。ヤシマ特別官書員次席殿」




