迷える羊飼いとギンセンカの乙女たち 第八話
尾けられている。間違いない。
ラド・デル・マルの外周地区に近づき、建物がひしめいてきてからずっとだ。角を曲がる度に、背後の人混みの中にいる誰かが入れ替わっている。建物と人が混み始めるにつれて、その数も増えてきている。
新しい物が大好きなユニオン人によってラド・デル・マルの中心部から近代化され、まだ近代化する前の生活様式をしている人たちは街の外周へと追いやられた。彼らは裕福では無いが、決して貧しいわけではない。
急激な時代の流れについて行けていない、あるいは旧来の生活様式を好んでいるか、それともただ固執しているだけなのだ。
車の数も多くなく、まだ馬車や手押し車などで物や人を運んでいるので、通りには歩みの遅い人たちがあふれかえっている。
しかし、それでも尾行を撒くのは厳しかった。どうやら尾けているのは相当な手練れのようだ。
私はまだ活気のあるマルシェに紛れ込むことにした。尾行を撒く為にさらに混雑した人混みへと紛れることにしたのだ。
露天には様々な色のフルーツや野菜が置かれている。朝一の時間はもう終わりの時間だ。まだ賑わいはあるものの、商品を片付け、テントや屋台を畳む者たちも出始めている。
営業していた店の路地に並んでいたリンゴを一つ拝借した。店主の顔をあえて真っ直ぐ見て覚えた。そして、私がリンゴを持ち去ろうとしているところをあえて見せつけた。
「ドロボーだ!」と大声で店主が騒ぐと同時に、私は思い切り走り出した。
周囲の人間たちは一斉に立ち止まり、その視線が一斉に私と店主に集まった。そして、店主が「そいつだ! そこの金髪女を捕まえろ!」と叫ぶよりも先に、後ろの数人の男たちが私に向かって走り出したのだ。現時点で尾行しているのはこいつらだと言うことは分かった。
だが、こうも目立ってしまっては角でも交代はできまい。
「主人!」と店主を呼び、リンゴを下手投げで投げ返した。
慌てた様子の店主は突然投げ返されたリンゴをあわあわと慌てながら受け取った。
店主も明らかに早い行動を起こした尾行たちに気がついた様だ。目を見開いて混乱と驚いた様子で私を見つめていた。
「邪魔をした! 補償はする!」と大声で伝えて、まだ止まったままの人混みの中へと飛び込んだ。
それからもマルシェの露天で出来た路地を走り抜けた。しかし、尾行たちはなかなか剥がれなかった。先ほどと同じ通りに再び出ると、店は撤収し始めていて道幅が広がっていた。
人も減り見通しが良くなっていたのだ。そこを真っ直ぐ走り続けた。ちらりと後方を確認すると、男たちは先ほどよりも人数を増やしてまだ追いかけて来ている。
「危ない!」という女性の甲高い声が聞こえたので、前を振り向くと片付けた店を運んでいる馬車が角から出てきたのだ。
私は咄嗟にその馬車の下を見て、木製のタイヤの間をスライディングをするようにその下を通り抜けた。
通り抜けた私に馬車を引いていた馬は驚き前足を上げて嘶くと荷台が遅れて急停車し、後方の者たちはそれに阻まれて追いかけることが出来なくなった。
しかし、前方で既に待ち構えている者がいたのだ。
馬車がゆっくり通り過ぎると、後方の者たちは肩で呼吸をしながら私を取り囲む様になった。
ついに前後を押さえられ、さらに応援が集まるとついに取り囲まれてしまった。男たちは何も言わずににじり寄ってきたのだ。
私を捕まえようとする者たちは一体誰なのだ。そう思いながら退路を見つけるべく、辺りを見回した。道には屋台も露店もすでに無く、飛び移れる足場も無い。
こうなってしまってはもう逃げられない。両手を挙げようとしたそのときだ。
クラクションを鳴らしながら、一台の車が後方から猛スピードやってきたのだ。
囲んでいた者たちの輪に食い込み、人を跳ね飛ばして私の真横を回り込むようにドリフトした。
悲鳴のようなブレーキ音を上げて止まると、ドアが思い切り開いた。
そして、「カミーユ・ヴィトーだな! 乗れ! ティルナ・カルデロン商会長からの迎えだ!」と乗っていた男が叫んだのだ。




