迷える羊飼いとギンセンカの乙女たち 第七話
機械音がせわしなく鳴り重たいドアがずしりと閉まるのを見届けると、私は外で待機していた兵士に礼を言った。
「ありがとうございます。あの親子はこのまま送り返してください。おそらく、もう二度と密入国は考えないでしょう」
私が私自身の手でもって、そういう考えを起こさせないようにもしなければいけない。気が引き締まる様な気がした。
ドアの鍵が閉まりきるのを確認した兵士は「ご協力感謝致します。私も撃たずに済みましたので」と柔らかい笑顔で言った。
この若い兵士も無駄に民間人を撃たずに済んだことに安心しているようだ。
「了解しました。調書はもう取ったので、関所で解放します」
「暴れる者は仕方ないかもしれませんが、出来れば皆穏便に。皆困窮して来ているのですから」
若い兵士は敬礼をした。
私も歩みを進めなければいけない。ユニオンに密入国は出来た。だが、まだ安心は出来ない。そして、ルカス・ブエナフエンテ大統領に一刻も早く会わなければいけない。
預けていたボロ布を持ち上げて、出立の準備にかかった。
その兵士は眉を上げて「ところで、これからどちらへ? 密入国者として入られたというのは何か大事な用事でも?」と小首をかしげて覗き込むようになり尋ねてきた。
「簡単には言えませんが、ティルナ商会長と面会をしなければいけないのです。ラド・デル・マルへ向かおうと思います」
私はそのとき、あえてルカス大統領との面会とは言わなかった。万が一の事もある為だ。
すると兵士はあぁあぁと納得したように二回ほど頷くと「では、こちらで車を手配致します」と笑顔になった。
「いえ、結構です」と断ると兵士は残念そうな顔になり「そちらの方が速いかとも思いますが……」と溢すようにぽつりと言った。
兵士は良心に従って動いてくれたというのに断ってしまったので申し訳なさもあり「先ほどは目立ってしまいましたが、大っぴらに動くのはあまり良くないので。あくまで私は、密入国者、なので」と弁明して笑いかけた。
「長居している暇もありませんので、これで失礼させていただきます。お騒がせしました」
ボロ布を再び頭から被り、コンクリート製の詰め所の正面玄関から出た。
ここからは街道を進むことにして走り出した。背後をちらりと振り返ると、若い兵士は敬礼をして私を見送ってくれていた。
ひとまず、ユニオンには入国できた。こちら側も厳重な警備がされているが、連盟政府側よりも些か気が楽だ。
日はすでに高い。雲一つ無い青空は陽射しが強い。
雨は夜の内に上がったが、ユニオンは雨が多いと聞く。真上には雲がないが、街道の指す行く先には大きな黒い雲が見えている。
国境から先の道は車が通れるようにしっかりと舗装されている。走りやすいのは幸いだ。
再び降り出すよりも先に私はラド・デル・マルへと急いだ。




