表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

146/1860

血潮伝う金床の星 第十話

 急な会議なので会議室にはテーブルも何も準備されていない。

 夜の帳がとっぷりと落ちた部屋のドアを開けると、廊下からの光を受けてできた影がカーペットの上にまっすぐ伸びた。招集をかけた後、誰よりも早く着いたそこは、俺たちが最初に集められた広い部屋だ。照明をつけて皆が集まるのを待っていると、五分もしないうちに全員が揃った。


 それから皆の前に立ち、シロークとの会話の内容を簡潔に伝え、今度の選挙で彼を金融省長官にして人間との和平を実現させることを伝えた。ユリナは最初何事かと機嫌悪そうにしていたが、話を聞くうちに無言になり、壁に寄りかかったまま真剣な顔になった。


「あんたら二人にとって悪い話ではないはず」

「確かにわりぃ話ではねぇな。それに実行できねぇワケでもねぇ。ちょろちょろ何してんのかと思いきや……」

「まず始めるのあたり、君たちには新しい軍の制服と立場を与える。これまでに解散して記録もないようなユリナ直属の特殊部隊にいたことにすれば容易い。そして、イズミ君は言葉が現地人のように堪能なら動いてもらわなければ」


 早くもシロークは何かを考えているようで、具体的な第一段階を提示し始めた。だが、それを聞いたカミュが前に出た。


「それは私たちがエルフの側になれということですか? イズミ、金床(アンヴィル)四星(フォースターズ)の国旗の付いた制服を着るということがどういうことか、わかっていますか!?」


 早口でまくし立てた彼女は騎士ではなく、誇りに縛られない比較的に自由な立場の剣士だ。しかし、連盟政府の人間として、ヴィトー金融協会の人間としての誇りがあり、敵の制服を着るというのは許せないのだろう。

 しかし、おそらくだが、カミュは協会本部との橋渡し役になるので、制服を着て共和国内を闊歩することはないはずだ。偽りの制服を着て街中を歩いたり、側近として壇上に登ったりするような立ち回りは、誇りも矜持もない、もともと連盟政府の人間ですらない俺がやればいい。(正直、全員の軍服コスプレは見てみたい)


「いいんだ。カミュ。揃えるだけで張りぼての制服になんか意味はない。それにそのほうが動きやすい。街に出る機会が少ない君は着ることはないと思う。果たしてヴィリー・ヘ〇ルトはどんな気持ちだったのか。いや、ナチ野郎の気持ちなんか知りたくもない。だれ一人殺さず人間(エノシュ)にもエルフにもワーグナー楽しく聴かせてやるよ。借りていいか?」


 まだ肩を角らせて目を細めているカミュをよそに、俺はハンガー掛けにかかっていたユリナのギャリソンキャップを指さした。持ち主が頷くのを見ると、それをかぶって姿勢を正して敬礼をした。


共和国(レポブリカ)繁殖あれ(レヒエーラ)!」

「なかなか様になっているな」びしっと背を伸ばした俺を見てシロークは小さく手を叩いた。


「だが、正しくは『共和国(レポブリカ)栄光あれ(レヒェーラ)』だ。発音の関係で人間には言いにくいらしい」

「何が違うんだ?」

「レヒエーラ、じゃねぇ。レヒェーラ、だ。テメェのだと繁殖になっちまう。ハツカネズミじゃねぇんだからよ」


 聞き直してもいまいち違いが判らない。どうも、エの音を小さく発音するようだ。言いにくいなと何度か発音している俺を見ているカミュは、次第に怒ったような顔から心配そうなものへと変わっていった。


「イズミ、いったいどうしたんですか……?いつかのスピーチのような雰囲気に……。またあれですか?あのテンション上がっちゃったとか……?」

「んがっ!? 違ッ! やめっ! ぐぐ、奇行のワルキューレめ」


 そう言うとみんな一斉に笑った。オージーはまだしも、知っているはずがないユリナやシロークまで笑いだした。いったい誰が言ったのだ。しかし、そんな和気あいあいとした中でアニエスだけはアクセサリーを弄びながら浮かない顔をしていた。



 それから深夜まで話し合いが続き、シローク・ギンスブルグを金融省長官にする計画は”双子座の金床計画”と名付けられた。もちろんだが双子座はこの世界には存在しない。関連する単語を計画実行者内部だけに伝えて互いに通じ合うようにするが、万が一どれかが漏れたとしても単語から関連性を見出され計画が露呈してしまうことを防げる。


 具体案を作るための準備段階から継続的に必要となるのは金だ。しかし、交流も取引もされていない国の通貨をさすがのヴィトー金融協会も保有していない。(あるにはあるらしいが少額でしかも古銭)そこで共和国内で取引を行い、使用されているエケル通貨を得ることになった。

 だが、そのために売れるものを提供しなければいけない。幸い人間側にはそれは山ほどあり、逆にエルフたちにとって価値の高いものがある。魔法のない国にとっての魔力の源たる魔石だ。人間からすれば砂利のようなそれの製造ラインを取引先として多く抱えるヴィトー金融協会が提供することになった。


 まず連盟政府内と共和国内にそれぞれ架空の会社を立ち上げる。まず連盟政府内の会社へヴィトーが魔石を卸す。砂利程度の価値なので政府に目を付けられるほど扱うにはそれこそ山のように必要であり、バレるか申請が必要な量に達するまでは単純計算で数十年かかる。計画終了後すぐに畳む予定の会社なので心配はない。

 そこから共和国内の架空の会社へと運び、そしてそこを通じて売るという手順だ。共和国では銃の部品としても使用される魔石は、各メディアで大々的に報じられている今後の銃生産増大計画により、値段が高騰することが考えられ、実際に徐々に上がりつつある。

 勝手に盛り上がてくれるメディアにもうしばらく高騰してもらった後、その値段よりも安価で売る予定だ。こうすることで砂利を金の山に変えることができる。しかし、継続してあちこちに売り続けた結果、市場に魔石があふれてしまい最終的に価値を失う可能性がある。そのためにレア主導で綿密な調整を行い、なおかつ軍工場のみに売る。


 魔石を共和国内で売りさばく会社だが、やすやすと明るみに出るわけではない。なぜなら、共和国内に流通する魔石はすべて自国で生産されたものではなく、ヴィトーやそれ以外の人間たちのマークが印字されてはいるが出自不明ということであり、その生産地については完全にタブー扱いされている。発電から兵器まで生活の基盤を支えているそれの真相を探ってしまうのは命取りになるのだ。つまり、それを快く売ってくれる会社についても誰も何も言わないのだ。もとい言えないのだ。


 この話はレアにはあまり都合がよろしくない様子で、終始ばつが悪そうな顔をしていた。流通大手が流通外のものを大量に見過ごすことになるからだろう。


 そして、稼いだ通貨をどこに入れるか。それはヴィトー金融協会ではなく、そしてトバイアス・ザカライア商会でもない。どれだけ連盟政府から独立した組織として認められていても、どちらにしても一定の額以上だと政府の足が簡単に付いてしまうのだ。共和国通貨での監視基準はわからないが、敵国の通貨など入れようものなら速攻だろう。そうなれば正直に話すしかない。

 だが、もし連盟が計画に気が付いた場合、どう出るかは読めない。和平合意と言いつつ、人間側に有利な条件を整えようとするか、もしくは共和国の弱体化を図り武力行使につながるかもしれない。いずれにせよ避けなければいけない。俺たちは工作員ではないのだから。


 政府を一切立ち入らせないためにどうすればいいか。そこでレア個人所有のテッセラクトの中に口座を設けることにしたのだ。商会のルールには個人での銀行業は違反であるとは記載されていない。つまり、一人一人が歩く銀行みたいなことをしても黙認されているのだ。

 マネーロンダリングの温床のようで色々怖いが、今回は利用させて貰う。

読んでいただきありがとうございました。感想・コメント・誤字脱字の指摘、お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ