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迷える羊飼いとギンセンカの乙女たち 第三話

「両手を挙げて、壁に手を付け! 一人ずつ拘束していく!」


 私は指示に従った。しかし、隣にいた女性は子どもを抱きかかえていて両手を挙げられない様子だ。

おろおろと左右を見て、涙目になって助けを求めている。


「貴様、早く手を壁に付け!」と国境警備兵が警棒を持ち上げて女性に近づいて来た。


「言うことを聞けないのか!」と警棒を振り上げた。女性は目尻に涙を溜めて目をつぶり、子どもを隠すように身体を縮こませて背中を丸めた。


 このままでは殴られてしまう。まだ身を守れないような子どもまで怪我をしてしまう。

 いくらマルタンが不穏になったからと言って、これはやり過ぎではないだろうか。


 こういった事態はこれまでもあったはずだ。これまで何度もあったかと思うと胸が苦しくなる。平等であるべきなら止めるべきではない。

 それに私は隠密行動中。目立ってはいけない。


 だが、しかし、それが止めない理由にはならない。


 若い兵士だが、軍服に付けられている階級章は線が多く、アホウドリの模様の入ったものもある。階級は決して低くないようだ。

 それを見て私はある賭に出ることにした。


 私は壁から手を放し、振り下ろされた警棒を右腕前腕で受け止めた。それほど強くない一撃だ。だが、骨に響く痛みがある。女性では最悪死に至る傷を負っていたかもしれない。


 攻撃を止められた警備兵は驚いたように目を見開いたが、すぐさま顔に皺を寄せて「貴様ァ! 何をしたか分かっているのか! 撃て! 撃ち殺せ!」と怒鳴り声を上げた。


 私はすかさず兵士の耳元に顔を寄せ、


「“七つの星の子らは白き花と詠う。今宵我らは空を盗む。其方の羽は如何なるや”」


 とその兵士だけに聞こえるように囁いた。

 兵士は身体の動きをピタリと止め、再び目を見開いた。それは驚いたと言うよりも、恐れおののいたようになった。


 首だけを後ろに向けて「待て! 撃つな! 銃を下ろせ!」と大声を出して後方で銃を構えていた兵士たちに指示を出した。


「返答は?」と凄んだ。


「わ、“我ら羽ばたかず、滑る者。汝の空は汝のもの”」と兵士は詰まりながらそう言い返した。


「よろしい。“我が空は我が手に。家族のため(パラ・ラ・ファミーレ)”」


 私は耳元から離れた。すると若い兵士は一歩ほど後ずさり、女性の方へ顔を向けた。


「お、おい、そこの子連れの女。お前は子どもを両手で抱いたままでいい! だが、子どもからは絶対に両手を離すなよ! 子どもを抱いたまま手錠をする!」


 それから太い一本の鎖で繋がれた手錠が全員に付けられると「全員、歩いて行け!」と指示が出たので私も密入国者たちにならい、歩き出した。


 すぐ近くにあったコンクリート製の建物に詰め込まれ、一人ずつ呼び出されて調書を取っていった。

 私も密入国者たちと同じように扱われた。そしていよいよ私の番になり、ドアから顔を出していた兵士についていった。


 しかし、ドアが閉まり完全に密入国者たちから引き離されると、兵士たちの態度が変わった。

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