迷える羊飼いとギンセンカの乙女たち 第一話
移動魔法とは本当に便利なのだな。
人類やエルフがどれほど移動手段を魔法や科学技術でもってして発展させていっても、移動魔法に勝る者は無いだろう。
もし移動魔法よりも早いものがあるとすれば、あとは個を無くして目的地にいる者と意識を並列化させるくらいだろうか。
それでも目的地に誰もいなければ、結局移動が必要になる。世界中がくまなく人で埋め尽くされなければ意味が無い。
父上からユニオン支部付という名の左遷辞令を受け、ユニオンに向かう道中、ただひたすらに移動方法のことばかり考えていた。
懐に入っている金融協会のロゴの付いた袋には、多めに持ってきていたルード通貨。私はこれからユニオンに長期でいることになる。いくら持っていても意味が無い。
だが、投げ捨ててしまえばいいものではない。お金を大事にしない金融協会の人間など、自らの存在理由を否定するも同然。
強く握りしめ、懐にしまった。
グラントルアから馬車を乗り継ぎ、マルタン領を介さない国境を跨げばユニオンに辿り着くことが出来る。
しかし、それも昔の話だ。
ユニオン国境に近づくほどに検閲が厳しくなるのだ。
いくつかある停車場のうち、二つか三つ目で荷物の検閲が入り始めた。検閲が入るのは予想していたが、思っていた以上に早い段階で始まってしまった。
私は五つ目で降りて、自分の足で向かうことにした。
商会の貸し馬も借りることは出来ない。返却どうのではなく、足がついてしまうからだ。
戦地にかり出されているので馬の数自体も多くない。誰がどこからどこまで使ったかの記録が多くないのですぐに調べ上げられてしまう。
辞令を受けてから二日。馬車で進めたのは徒歩で半日分。それからはほぼ寝ずに走り続けていた。
ユニオンに近づくにつれて植生も変わり、緑が濃くなり始め、肌に触れる湿度も高くなっていくのを感じていた。
南西に向かうほどに初夏の気候は暑苦しく、汗や自分の吐息さえも纏わり付くようだった。
街道には絶えず兵士が行き交っている。その真ん中を堂々と歩くことは出来ない。遠くに街道が見えるようしてそれを道しるべにして森や林、山、茂みを音を立てずにひた走った。
途中雨にも打たれた。南西から来る黒い雲に向かい私は突っ込んでいきやがて大量の雨を浴びた。
身体が冷えぬように拾ったボロ布で覆った。だが、足を止めることは無かった。
雨が降れば足音も茂みの揺れも誤魔化せる。強まり雷鳴になれば誰も外を見ることなどしない。ここぞとばかりに足を速めた。
稲妻の浮かべる白い視界と街道沿いの僅かな常夜灯を頼りに一晩駆け抜け、そして迎えた雨が上がり始めた早朝、靄と水たまりのさきに朝焼けを受けて茜に染まる国境が見えてきた。
以前は同じ国であり何も無かったところに出来たそれはラド・デル・マルを思わせるような白く大きな壁であり、空が赤ければ赤に染まる分断の象徴。
ゲートは見えるが、白く大きく横たわる分断の壁をを越える場所はそこではない。脇の森の中を目指した。




