仮初めの宮中にて 第七十一話
暗がりの中に月明かりを受けた人影が浮かび上がると、
「アニエス陛下、あなたはお優しい方ですが、意外と暴君の素質がおありかもしれませんね。暴君の素質とは優しさの延長線にあるのかもしれないですね。素晴らしいですわ」
と影は喋ったのだ。
「クロエ、両手が塞がって杖を抜けないタイミングに現れるとは、さすがですね。
出てくるなら声を掛けてちょうだい。不気味すぎて不愉快です。
そういえば、あなたは追放されることになりましたよ。明日の会議でお伝えすることになるでしょう。シナリオ通りに」
「全て聞いておりましたわ。よろしいですね。順調です。これであなたの権力はますます盤石になります」
「襲撃事件についてあなたにも尋ねなければいけないことがあります。追放は妥当なのではないかと思ってしまいました。青酸カリを渡したのはあなたですか?」
クロエは両眉を上げて口を開いて止まった。しかし、すぐに表情を戻した。
「私たちはいざという時、口の奥にいれてあるマジックアイテムを噛みつぶします」
そう言うと口を大きく開け、舌を右前に突き出して、奥歯の後方、親知らずの当たりに付いている赤い小さな魔石を見せつけてきた。下品にも見えたその仕草に顔をしかめてしまった。
「人道的にすぐ死ねるようにこれになったらしいですわ。自死しろというのに人道的とは、笑えますね。
自死も他殺も、戦争時のルールに従っていて人道的であれば許されるのでしょうかね。ふふふ。
青酸は意外と速効性がないのです。一昔前は使っていましたが、もう時代遅れ。アジサイの葉を隠滅に使うのも然り」
アジサイの葉については三人との話の中で出てこなかった。つまり、自供したようなものだ。
咎めたいことはある。だが、ここでクロエを咎めて縁を切ってしまえば、私は皇帝にはなれない。追放するほど不仲であるというのは、ふりでなければいけない。
怒りは確かにあったが、それを飲み込んだ。
「権力を集めてどうするつもりですか?」
「聞いていたでしょう。そのままです。実際には陛下も最初から気がついていたのでは? 権力は一つにまとめておいた方がこちらにはやりやすいのです」
「ではなぜ、私に知識を与えたのですか?」
「馬鹿を操って連盟政府に帰属させても権威にもなりません。賢い者を落とすことで私たち連盟政府の名は上がるのです」
「大した自信ですね」
「如何に賢くとも、あなたにはイズミさんというカードをちらつかせれば良いのです。逆も然り。
都合が悪いのが、あなた達は二人とも実力者。よってもちろん前向きなカードでの交渉ですけれどね。
ですが、おそらくもうその手札を切るようなことはないでしょう」
「何故ですか?」
「あの四人の指導者は十二分に愚かですので、ご心配には及びません。私たちはこの国に私たちに最も適したカードを配置したまでです」
「あなたにとって周りにいる人は皆手札でしかないのですね。哀れな人です」
「何度も言うことになりますが、私は国家に仕える者。
それは宿命なのです。私もあなたにとっても今や重要な切り札。あなたなりでよろしいので、引き続き動きましょう。
ではまた、失礼致します」
「そうね。こちらも動きます。よろしく」
バルコニーのカーテンが揺れ、それに合わせるようにガラスのドアも揺れていた。




