血潮伝う金床の星 第八話
ユリナやシロークを含めた全員が一堂に会する食事の場で俺はさりげなくギンスブルグ家は和平派なのか、強硬派なのかを聞き出すことにした。
しかし、和平派と強硬派と言った現地の人しか知り得ない単語を使うと、情報を得たと悟られてしまう。それに新聞に出てきた単語、例えばメディアの名前や評議会と言う言葉もだ。新聞を軽く読んだだけで得た中途半端な情報を使ってそういう駆け引きをするのは命取りになるのは間違いないのだが、かえっていいかもしれない。白を切るのが顔に出る俺には、“本当に知らない”ということはこの場合、有利に働くからだ。
いつも通り、ユリナの愚痴から始まる食事。少し前の四省長議の席でユリナが法律省管轄の全警備隊員銃配備をしてみたらと言ったのを真に受けたマゼルソンが動いたそうだ。
政省一等秘書のモンタンと言う男が、その件が政省内評議会でも可決したから軍部省の伝手で銃の調達してくれと依頼してきたそうだ。しかし、これで言い出しっぺのユリナが面倒くさくなったらしい。
まず、メレデント政省長官に確認を取り、その後律法クソジジイことマゼルソン氏にも確認を取り、さらに金融省長官のアルゼン氏に予算申請をして許可をもらい、その後に軍工場とその下請けへの指示を出すのだ。
やることは単純だが、どことどこの仲がいいからすぐにできる、というのはないらしい。みんなそれぞれに仲が悪いからだ。それに、目的の人物がいたりいなかったりで連絡が遅くなる。アルゼン氏に至っては入院している日のほうが多いくらいらしい。
まだ聞き出すタイミングではない。俺は黙ってユリナの話に耳を傾けた。彼女の話に突っ込むのは無理だ。恐ろしく鋭い勘、ではなく彼女の持つ知識と経験と頭の回転の速さで、何を考えているのか悟られてしまうのだ。先日マリークの名前を出しただけで、何企んでやがると疑われたくらいだ。とにかく面倒くさかったという彼女の話が終わるとシロークが苦笑いをした。
そして、少し静まり返った。俺はすかさずシロークに話を振った。
「そういえば、人間とエルフは戦争状態なんですよね? でも、エルフのほうが科学技術は発展しているから、攻め込めば勝算はあると思うのですが?」
「あんまり食事中にする話ではないな……。だが、答えよう。魔法は科学よりも強い力を持つのだよ。安易に攻め込むと返り討ちにされてしまう。あと、使えるからわかると思うが移動魔法が脅威なのだよ。一人でも本拠地に入れば、大軍も連れてこられることがな」
「でも、銃があるから簡単だと思うけど」
発言を聞いたシロークの腕がぴたりと止まった。そして、ゆっくり顔を上げ俺を睨みつけてきた。
「……なぜ、銃が強いと君は知っているのかね?」
しまった。エルフ側の銃の性能を知っているかのような発言をしてしまった。銃の存在は壁に掛けられた絵画を見たから知っていると言えば誤魔化せる。しかし、その威力を直接見たわけではない。どうすべきか。焦り始めた頭の中のせいで表情を維持するのが精一杯になった。これではいろいろなことが明るみに出てしまう。
しかし、思わぬところから助け船が出たのだ。
「あぁ、シローク。言ってなかったが、そいつぁ私と同郷だ。かなり昔に話しただろ? もっと銃のあふれた世界だが、その中の銃所持が法律で規制されてる国から来たって」
ユリナがそういったのだ。意図しない彼女の発言で俺は救われた。すると、シロークは納得したように眉を上げた。
「そうなのか……。確かに、似た雰囲気はあるな。そこでは過去に大きな戦争があったと聞いたが」
「ユリナ、やっぱり日本人だったのか。確かにありましたよ」
彼女はヴルムタールという姓を名乗っていたはずだが偽名なのだろう。しかし、本題はそこではない。ここであまり余計なことは言わないほうがいいだろう。特に技術面において。俺やユリナには当たり前でも、突拍子もないことを言っていると思われて信じてもらえないだろう。シロークが何か言ったらそれに『はい』か『いいえ』で答えることにした。
しかし、俺がべらべらとしゃべりだすのを待っているのか、彼は様子を窺うように黙ってしまった。間が持たないので俺は話をつづけた。
「俺たちは教科書で習った程度でしか知らないけど、いいものだとは思わないですね。それが終結した後に戦闘のない戦争があったけどそっちもあんまり」
「……戦闘のない戦争? どんなものだ?」
「何言ってるんですか。今まさに人間とエルフがしていますよ。ここと同じように、表には出ない情報戦はあったみたいですが」
「なるほど……。君たちのところでもかつてあったのか。ユリナがこの世界へ来たのは幼いころだったらしいので断片的でしかなかったが、君はもう少し知っているようだな。ああ、すまない。食事中だったな。焦げ臭い話は今度じっくり聞かせてくれ。君の話も実に興味深い。それにしても、『攻め込んで勝算がある』だなんて、君は人間なのにまるで強硬派のような言い方をするな……」
来た。強硬派と言う言葉を知らない俺たちはそれについて突っ込めばいい。どちらの派閥かぐらいは分かるはずだ。
「キョウコウハ? なんですか、それ?」
目の前の食事に目をやり、彼と視線を合わさないようにして必死に知らないふりを決め込み、シロークに尋ねた。
「いや、君たちには関係ない。まとめて言うなら戦争をしたがる連中のことだよ。平和を維持するユリナの苦労も知らずに、全く何がいいのやら……。気にするな」
それにユリナも黙ってうなずいている。
俺は、心臓が強くグンと打つのを感じた。
たった一回の鼓動がこの場にいるすべての者に聞こえてしまい、そしてすべて悟られてしまうのではないかと思うほど大きかった。
ギンスブルグ家は和平派だ。間違いない。
シロークはまだしも、ユリナが和平派なのは驚きだ。
ユリナはヴルムタール家ということになっていて、そこは魔法射出式銃の開発元だ。マゼルソン氏に銃の生産拡大を提案したというからてっきり強硬派かと思っていた。しかし、強硬派メディアがそれに反対している点で何かおかしかった。それに、保守派のマゼルソン氏がなぜそんな簡単に動いたのか疑問が残る。
しかし、もしユリナが和平派だと仮定すると合点がいく。威力の弱い魔法射出式銃をわざわざ税金を費やしてまで増やすのは、銃口を外に向けるためではなく、威力の弱い銃によって犯罪を抑制し治安維持を本当に目的としているとも考えられる。つまり、もはや戦争を継続する意思はないのだ。そして、マゼルソン氏がどのような人物かはわからないが、ルーア・デイリーには傀儡とまで書かれていたので、ユリナに押し切られたとも考えられる。
これまでの話をまとめると、金融省のトップが近々辞任。そして、和平派か強硬派でその席を取り合うために、それぞれに候補者を擁立している。新聞の内容でわかったのは、強硬派の候補者だけだ。
もし和平派が就任すれば、四権力の半分が和平派になる。そうすれば女神の目的である和平へとかなり近づくはずだ。しかし、現時点での和平派の候補者がいない。このまま誰も擁立せずに強硬派の手勢が就任して終わってしまうのか。そんなことはない。候補者たり得る人物が、金融省に勤めるベテランが一人いるではないか。その人を就任させればいいのだ。
落ち着かない食事を終えた後、俺はレアとカミュを部屋に呼び出した。
三人以上の集合は禁止されている。だが、あえて俺はそれをした。食後もいそいそと自室に入っていった忙しいシロークに手っ取り早く会うにはそれが最善の方法なのだ。その話が終わるころに俺はシロークに呼び出されることは間違いない。時間はないので掻い摘んで二人には話した。そしてそれが終わると、二人の反応を見る間もなく読み通りシロークに呼び出された。呼びに来た女中さんに連行されたわけではなく、自分の足で彼の部屋へと赴いた。
ノックをすると中から入りたまえ、と聞こえたので、扉を開けると正面のデスクで書類に目を通しているシロークの姿が見えた。そして、顔を上げて目が合うと立ち上がり、棚にある瓶とグラスを二つ持ち出してきた。そして、飲めるかね?と尋ねてきた。瓶の中身は琥珀の色をしている。テーブルの上で開けられてかすかに香る、服薬補助シロップから甘さだけを除いたような鼻を刺す匂いはおそらくウィスキーに似た何かだろう。では、と頷くとグラスに注ぎ始めた。
「イズミ君、三人以上で集まるのは禁止と伝えていたはずだが、何をしていたんだ?」
あまり怒るつもりはないようだ。顔にはまだ笑顔がわずかばかりに残っている。
「申し訳ないです。お忙しいあなたに二人きりでできるだけ早く会うにはこれが一番かと思いまして」
シロークはちらりと俺を見た。表情は変わり少し怪しむように眉を寄せている。そして警戒するかのように遅い足取りで近づき、半分ほど注がれたウィスキーグラスを渡してきた。しかし、まだ乾杯をするわけにはいかない。乾杯が早いと思うのは彼も同じようだ。テーブルの上に置かれたグラスを三本指でつまむように持ち上げた。
「私と話したい、ということか。あえてルールを破ってまで早めに言いたいこととは何かね?それから、マリークに新聞を集めさせていたのは知っている。何を企んでいるんだ? そもそも、君は文字が読めないだろう?」
「見抜かれていましたか。さすがですね」
愛想笑いも見抜かれている。少し彼は苛ついている様子だ。
「結論だけ言いたまえ。知っての通り暇ではない」
「では、さっそく」と言ってグラスを目線の高さまで上げた。
「シローク・ギンスブルグ。あなたには金融省長官になっていただきます」
それを聞いた途端、シロークは目を見開いた。まるで予想だにしていなかったようだ。
しばらく、彼はグラスを持ったまま口を開けて硬直していた。
「……何を言っているんだ、君は。そんな恰好で」
視線が下から上へと上がっていった。
俺は、自分がスリッパに短パン、部屋着として渡されていたマドラスチェックのシャツを着ていて、そのボタンを掛け違えていることに気が付いた。慌てて直して話をつづけた。
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