仮初めの宮中にて 第六十話
会議が終わると、顧問団たちは蜘蛛の子を散らすように部屋から出て行った。
それでも私とウリヤちゃんは重々しく、近づくことを憚られるような雰囲気を醸し出していた。
「ご機嫌麗しゅう、暴君アニエス陛下殿。私めも送り返されてしまうのかしら」
だが、そこへクロエがくるくると身体を回して近づいてきて、胸に手を当てると跪いた。
「いい加減にして。ですが今後、私はこの路線で行きます。あなたも私を嫌いになってどうぞ」
道化のような仕草のせいで緊張感は崩れた。いや、きっと彼女が紛らわそうとしてわざとやったのだろう。
「お互いイズミさんを囲う仲ではありませんか。仲良く致しましょう。
冗談はさておき、暴君であろうというのは名案かと。
先ほどされたように、従わなければ移動魔法で返品を余儀なくされるというのを見せつけたことで、会議の場では従わざるを得ませんからね」
クロエは立ち上がると膝頭の埃を払った。そして、私の近くのテーブルの上に下品に腰掛けた。
「ですが、それも“会議の場”でだけ。首を縦に振らせはしましたが、実際に行うのは彼ら。どうしたものでしょうか」
「そうですね。仰るとおり、彼らは表向きは従ったふりをしています。
よって、住民の避難誘導などすることはないでしょう。市民たちは避難が必要な事態が起こることさえも知らずに当日を迎え、日常の中で何も分からずいきなり砲火を浴びせられて多くの死傷者が出るでしょうね。
市民を盾として徹底的に利用するつもりでしょう。民間人がいれば、彼らが武器を持っていなかったとしても戦闘部隊は目の前にいる者が敵か市民かで判断を要されて、足は確実に遅くなりますからね。
マルタン市街地にいるテロリストはレヴィアタンを除けば判別不可能。姿形のみみならず、どういう行動に出るかも判別不可能」
「それは絶対に防がねばなりません。
マルタン市街地に住む市民が皆、帝政ルーアに忠誠を誓ったわけではないのです。元から住んでいて、勝手に乗っ取られて、剰え盾にされて殺されるなど、あってはなりません」
クロエは壁に飾られたマルタン市街地の地図に目をやった。
地図の上で市街地は商業施設を示す赤やオレンジが地域いっぱいに塗られている。市庁舎を中心に何ヤードか離れると住宅地を示す青が多くなり、オレンジを円形に取り囲んでいる。
少し古い地図なのか、その周りに新しくできた新市街地は書かれていない。
「死傷者、特に民間人でのそれは私たち連盟政府にも好ましくありません。軍人ならまだしも、民間人の人間がエルフによって殺されたなど、面倒なことが起こるに決まっています」




