仮初めの宮中にて 第五十五話
「ウリヤ執政官殿がトリリンガルかどうかについては顧問団側から尋ねられた覚えはありませんわ。
彼女はルフィアニア語が母国語、エノクミア語も達者ですわ。それに加えて、まあ、いいとして、まさか、何ヶ月も側にいてそんなこともご存じなかったのですか?」
クロエの口角が上がっている。明らかに悪意があって黙っていたのだろう。
やり方が如何にもクロエらしいが、こればかりはしてやったりと思ってしまった。
「連盟政府の狗め。ふざけた女だな。しかし、ウリヤちゃん、君は随分と口が悪いな。年上には敬語を使って貰わないと今後苦労するぞ」
ルクヴルール軍事顧問は驚きはしていたが、顧問団たちの中で真っ先に冷静になった。
「は?」
しかし、それをぶち壊し再び冷静さを失わせるような冷たいその一言を放ったのは、いつも通りのクロエではなく、ウリヤちゃんだったのだ。
それだけならルクヴルール軍事顧問も堪えたかもしれない。だが、ウリヤちゃんが止まることはなく、さらにルクヴルール軍事顧問を追い詰めたのだ。
「歳の数で偉いかどうかで決まるなら、確かにあなた達の方が偉いかもしれないわね。
でもここでは私は執政官。あなたたちはただの顧問。私の方が偉いのよ。立場の前では、あなた方はただ単に私よりも無駄に長生きしているだけに過ぎないの。
執政官の方が偉いって、あなた達が決めたことじゃない。よく覚えているわ。
ここに来た初日に『ウリヤちゃんは執政官ね』だなんて猫なで声で私に言ったのは、他でもないあなた達じゃない。
エノクミア語だから伝わらないとでも思ってたのかしら。私は全部聞いていたからね?
軍事顧問殿、あなたはかつて連盟政府で軍隊という組織にいたというわりに、縦社会というものを理解していないのね。
ああ、だから元いたところではいつまで経っても騎乗も出来なかったワケね」
ルクヴルール軍事顧問はクロエの方へ勢いよく振り返り、目を見開くと小刻みに震えだし、次第に顔を真っ赤にしていった。
クロエはルクヴルール軍事顧問の素性をこの中で誰よりも知っている。言いやがったなという恥と怒りで爆発寸前になっている。
当のクロエは小首をかしげて嫌味な笑みをニタニタ浮かべるだけだった。
「陛下、ご無礼を。何れにせよ、ウリヤちゃん、あなたの態度は陛下の前で取って良いものではないわね」
ギヴァルシュ政治顧問は立ち上がるとウリヤちゃんの方へと歩み出した。手を動かしてこれから暴力を振るうという仕草をこれ見よがしにしながら、顎を上げて近づいて行った。
ウリヤちゃんは動じることは無かった。私も彼女を庇うことはしなかった。
庇ってはいけない、そのように感じたのだ。




