仮初めの宮中にて 第五十三話
「まぁもちろん、中には本物の暴君もおるであろうな。だが、国の為を思うが故にしたというのなら、それを一概に暴君とまとめるのは変だと思わぬか?
正義は立場によって変わる。自らの国の為を思いしてくれたことを、敵は暴君だと罵ることもあろう。
そもそも暴君という言葉自体、勝者のプロパガンダでしかないのじゃ。
わらわもなってみたいものじゃな、皇帝、とやらにな」
「シルベストレ家はいわば小さな帝国ですからねぇ」とトレッドミルを揺らしながら息の切れた声でそう言った。
息切れもあって本人が思っている以上に声が出ていることに気がついていないようだ。ヘマさんにはしっかりと聞こえていたようだ。
ヘマさんは「何か申したか、アニバル?」とチェストプレスを持ち上げた状態で止まると、筋肉を震えさせながら鋭く言った。アニバルは走りながら背中をぴくつかせた。
「それからウリヤ、おぬしも執政官なのじゃぞ。もっと毅然とした態度で挑むのがよいぞ」
「おばさま、そんなの無理よ。私にはまだ知識が無いもの」
「わらわはそなたをただのエルフの遺児とは思っておらぬ。
おぬしの保護者は誰じゃ? 亡命政府の中枢にいながら黙っておるようでは、シルベストレ家の恥じぞ。
そなたは知恵は無くとも賢い。知識は後から付いてくるのじゃ。
だから、そなたの正義に従って口を開くのじゃ」
ウリヤちゃんは黙り込んでしまった。
ヘマさんはチェストプレスで再び両手を前に動かした。上腕で胸がたぐり寄せられ、普段から見えている谷間が持ち上がりさらに強調された。
額から汗が垂れ、顎先に達して滴となり、谷間の間に飲み込まれて消えていった。
改めてみると私より大きいし、歳も若くないというのに全く垂れておらず張りがある。
あ、いや、それはどうでもいい。
余計なことが頭を過ってしまって、それを紛らわす為に首を動かして部屋の中をあちこち見回した。
チェストプレスだけでなく、他のトレーニングマシンもズラリと並んでいる。どれもホコリを被っていない。どれも満遍なく頻繁に使っている証拠だ。
「というか、その」
「何じゃ? フンッ」とヘマさんは腕を開いた。大胸筋が震えに合わせるように胸が谷間を崩すことなく揺れた。
「こんな機械、どこから?」
私が尋ねると、ヘマさんは一息つこうとしたのかハンドルから手を離した。
ふぅーっと大きなため息をつくと、かけていたハンドタオルを取り上げて顔や首筋を拭いて立ち上がり、
「メイドに頼んだらすぐに用意してくれたぞ。シルベストレ家は使用人を筋肉質の男で固めていたが、行動が素早いおなごの使用人も悪くないの」
とサイドテーブルに載っていたコップを持ち上げ、喉をごくごくとこれでもかと鳴らして喉仏を上下させて美味しそうに水を飲んだ。




