血潮伝う金床の星 第七話
ドアを開けると、新聞紙が目の前に立っていた。
小さな体の小さな腕に、顔も隠れるほど山のように積まれた新聞紙。額に汗をかき重たそうにしている顔が積まれた山の横からひょいと出てきた。
「マリークか! ありがとう! こんなにたくさん! 紙で指とか切ったりはしていないか?」
受け取るとずっしりと重い。学校の行き帰りだけでこれだけ集めるのは、彼には重労働だっただろう。部屋の棚の上に移すと、腰を下げてマリークの頭を撫でた。
「イ、イズミ! 魔法見せてくれよ!」
「いいよ。でもここではダメだ」
「なんでだよ!? 約束だろ!?」
指と視線で合図して、彼の耳に近づきそっと囁いた。
「家が吹き飛んじゃう!」
ははぁっと息をのむと、マリークの目はもう離さないと言わんばかりに輝いた。口も我慢できまいと緩んで全身でうずうずしている。
「パパに聞いてみよう! この屋敷には訓練場もあるんだ! ママがよくやってるけど危ないって見せてくれないんだ! 早く行こう!」
彼が俺の腕を掴んだとき、杖に魔力が流れるときと同じひやりとした感触があった。魔法が使えるもの者同士のある種のレゾナンスみたいなものだ。だが彼のは特に強い。いつ両親に伝えるべきか、どうやら彼には魔術の資質があるようだ。そのうち杖が必要になるだろう。
「パパにはイズミが小さい花火を見せてくれるって言うんだぞ。小さい、だからな」
ギンスブルグ家個人所有の訓練場でマリークに魔法を見せた後、部屋に戻り彼の持ってきてくれた大量の新聞を読み始めた。山の一番上にあったものを一部取り上げて、ベッドに寝転がった。
開くとまずメディアの名前が目に入った。これはルーア・デイリーと言うところだ。マリークが持ってきてくれたこれらは、何人かが読み込んだ後だろうか、ボロボロだ。まるで街のごみ箱から拾ってきたかのようだ。
もしかして、街の中を駆け回って必死になって探してきてくれたのではないだろうか。家が裕福でも手持ちが少ない彼には新聞を買うお金さえ高価なはずだ。彼には感謝しなければ。
『焦る和平派。次期金融省長候補、強硬派ギルベール氏で内定か。人間との和平交渉は不要であり、愚かな侵略者を恒久に許すな。大勢の民意も合わさり、現時点ですでに優勢の可能性。和平派、烏合の衆と市民を侮辱か』
読み始めていきなりから、マリークの勇気と優しさの余韻を吹き飛ばすような内容が目に入った。寝心地の悪さに寝返りを打ち、続きを読んだ。
『和平派は忌まわしきかつての皇帝の関係者である 可能性の高いものが多く在籍している。和平派議員は帝国の象徴ともいえる旧ヴルムタール製魔法射出式銃の生産増大。安価で威力が弱く、全警備隊への配備をするためと説明。もはや法律省長官は傀儡でしかなく、和平合意により確実に悪化する治安を懸念によるものであり、治安維持を盾に血税を費やして私腹を肥やした挙句、市中に銃をあふれさせる未来は再びの帝国の監視社会か』
続きの内容も相変わらずだった。それにしても最初のスペースはいったい何なのだ。和平派=帝政支持者と言う方向への完全な印象操作ではないか。やっていることは動画サイトのサムネイルやニュースサイトのタイトルと変わらないではないか。
『共和国強硬派の青年支部であるリボン・グリーン団、意気揚々と市中でボランティア活動。青き力は未来への活力である。彼らのためにも和平派への政権割譲を許すな』
こういう手合いはどうして子どもを利用するのか。おっと、マリークを利用した俺は何も言えないか。
ルーア・デイリーはかなり過激な論調だ。戦争継続支持の強硬派のメディアなのだろう。内容は一貫して和平派に反対していて、その派閥に不利なことしか書かれていなかった。
以前の新聞と内容を読み比べて気が付いた。おそらく、スピーク・レポブリカは和平派系のメディアだろう。記事内容が和平で起こるメリットしか書いていない。選挙前に各メディアが舌戦を繰り広げるのはどこも同じようだ。
一方、保守派のメディアもあるようだ。マリークがどっさり持ってきてくれた中に紛れていた。これはセコンド・セントラル紙だ。しかし、それには戦争のことは書かれていなかった。
『魔物の使役から科学へ、そして空を飛ぶ時代の到来か。魔法で劣るエルフたちが持つ、人間たちに負けない技術力は、魔石の画期的な利用方法の開発により進歩した。大型の魔物や動物の調教はもはや時代錯誤となり、サーカス以外ではめっきり見なくなった。そして、まともに飛ばないかつての銃や大砲はもはや文化財のようになり、骨董品マニアの間でプレミア価格がついて取引されている』
『マゼルソン氏、技術部門担当長官と面談。技術者支援を促す。特集、魔力射出式および魔力雷管式銃の未来と産業転用への可能性』
内容は戦争だとか―――もちろん武器のことは書いてあるが―――次期省長官だとかは何一つ書いておらず、保守派と言うよりはまるで業界専門の新聞のようなことが書いてある。
マゼルソン氏と言えば、ユリナいわく律法クソジジイだ。彼は保守派閥なのだろうか。冷戦状態の人間とエルフの関係性の何をもってして保守なのかわからないが。
セコンド・セントラル紙を山に戻すときに、肘をぶつけて倒してしまった。どさーぁっと床一面に散らばった新聞の中に、ひときわカラフルでタブロイド判の物が混じっていた。この国にもタブロイド紙があるようだ。拾い上げて名前を見るとザ・メレデントと書いてある。どれどれ。
『政治に蔓延る愛憎劇! いつの世も評議員は絶倫、省内で不倫セック』
俺はさっと新聞をとじた。
オーケー、オーケー。タブロイド紙はどこも変わらないようだ。マリーク、変なモノを集めさせてすまない。君にはまだ早かったな。
床に落ちた新聞を会社ごとに、そして日付順にまとめた。読みたいところだがこれから夕食だ。
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