仮初めの宮中にて 第五十一話
「それは誰が一番治癒魔法の魔石を消費しているか、分かってのご発言ですね?
日に五個も六個も大量消費されるのは一体何をなさっているのかしら? きっちり記録を残しておけば湯水の如く使っても問題ないというわけではないのですよ?
そういえば、アレの不全症の治療にも有効だそうですからね。精力剤か何かだと勘違いしておられませんか? はぁあ、汚らしい」
クロエは顔の前を飛ぶ虫を払うように手を扇いだ。
ルクヴルール軍事顧問は顔を赤くして震え出しテーブルの上の拳を握りしめてクロエを睨んだが、何も言えずに黙り込んだ。
「顧問団の方々は“陛下がお尋ねさえすれば、喜んで居場所を教えた”という様だったので、アニエス陛下がヘマ・シルベストレやアニバルと会うことは構わないですね。
もちろんウリヤ執政官殿も、陛下とご一緒であるならば構いませんよ。これまで通り、何の変更もなく。
よろしいですね?」
クロエはさらさらと流れるように言った。
だが、最後の「よろしいですね?」は同意を求めるような生やさしいものではなく、それが決定事項であると頭ごなしに押さえ付けるように強い口調で尚且つ大きな声だった。
私はとりあえず現状を維持することが出来たようだ。
クロエが最初に私を責め立てるような言い方をしたのは、彼女のやり方だろう。
自らがまず率先して過剰に責め立て、私が杖を持ち出している疑いの眼差しを違う方向へと向ける為だ。
クロエは私の味方のフリをしている。その立場の人物から責められると思ってもいない私の動揺を誘う。
私は動揺すると言葉が詰まってしまう癖がある。それを理解した上でクロエはそう言う策を採ったのだ。
クロエは私をマルタンの亡命政府に導いた張本人だ。
イズミさんの目的の為にいるということを一番に理解している。というよりも、彼女がそうなるように誘導してきた。
だから、万一私が杖を手にしても、少なくともクロエに対して攻撃的な行動に出ることはないと知っているのだ。
一方の顧問団たちは私をお飾りにしようとしていることに対する後ろめたさがあり、それについて私が気がついていることも理解している。杖を持てば攻撃されても仕方ないという感情を持ち合わせている。
クロエにとって、私が杖を取り戻している可能性(あくまで可能性)を私自身でちらつかせることがどれほど会議で有利な立場に彼女を導くか、そして私が実際に杖を取り戻しているという事実が彼女の精神的優位性を現状以上に高めるかを考えれば、自ずと分かる。
クロエの機転により現状維持はできた。だが、彼女に対しても信頼を寄せていいというわけではないのだ。
会議はクロエの覇気で騒ぎは治まり、静まりかえると同時にクロエが「では、また明日」と糸目の笑顔で言うと解散となった。




