仮初めの宮中にて 第四十二話
人間とは違うところがあるとすれば、人間の宗教のように神の存在を語り政治への影響力を大きく持ち合わせるという程度ではなく、エルフの社会、つまりかつての帝国では神その者が政治を行うに等しい。
人間の神は万能であるが故に信じられ、万能である癖にその力を持ってしての完全な政治を行わない。
いるかどうかもわからないような存在に恐れひれ伏し、不可解な現象は神の所存だと市民を脅す道具にされ、商人たちよりも狡くカネを集めるシステムに組み込まれ、宗教家たちは政治的影響力を持つ。
宗教家たちは国や国民の為ではなく権利と信仰の為に政治を操り、それで国が滅びれば神の意志だと言い訳が出来る。
だが残念ながら、エルフの宗教はそんな完全なふりをした不完全なシステムではないのだ。
もとより、エルフに宗教はない。人間を学んだエルフが、エルフのシステムが人間の宗教に似ているようだと言ったから宗教に例えているだけだ。
「その結果、宗教は懐疑的に見られることが多くなり、そこへ来て商会の台頭により資本が重視されるようになりました。それも連盟政府成立以前の話です」
「エノシュはエルフに神を教え、エルフの末裔によって神を殺されたとは皮肉だな」
ヴァジスラフ氏は嘲笑した。しかし、咳き込むと気を取り直した。
「皮肉を言っている場合ではなかったな。だが、帝政思想をあなたにも分かるように宗教で例えて話を進めるとしよう」
氏は姿勢を正した。
「“愛はいつまでも絶えることはない。しかし、予言はすたれ、異言はやみ、知識は廃れるであろう。”」
そう言うと黙り込み間を開けた。
私はそれに聞き覚えがある。クロエがイズミさんとノルデンヴィズのロフリーナで密談してとき、話していた事の中で出てきた一節だった。
私の表情を見て氏は「ご存じかね?」と尋ねてきた。私は小さく頷いた。
「これはエノシュたちの古代の宗教聖典の一節だ。愛が素晴らしいことを語っている。
だが、私はこれをそれだけだとは思わない。
愛は目の前にあれば夢中になるもの。それは永遠だと錯覚さえする。だが、この世に廃れないものは存在しない。
つまり、教えもやがては廃れると言うことを示唆していると考えている」
教えが廃れる、それは帝政思想の主体である皇帝が絶対的存在であるという考えもやがては廃れるということだ。現に共和制移行がその一端と考えてもいいだろう。
「つまり、顧問団たち、と言うよりもこの亡命政府を興した紅袂の剣騎士団は既に帝政思想の原形を失っていたということですか?」




