仮初めの宮中にて 第三十九話
「さてと、今日はこのくらいでしょうか」
しばらく当て続けた後、治癒魔法を止めた。
長めにかけたがヘマさんはまだ立って歩けるほどには治癒していない。それがどうやら不満そうだ。
「今日だけで完治はさせて貰えないのか?」
「さっきも言いましたが、治癒魔法は自己治癒の促進です。治しているのは自分自身なので、体力を消費します。またすぐに来ますよ。食事はしっかり摂れていますか?」
「その辺りはメイドたちが気を遣ってくれているので、困ってはいませんね」とアニバルが答えた。
「ではしっかり食事を摂って、しっかり休んでください。痛みはもうないと思うので、夜もぐっすり眠れると思いますよ。そうやって少しずつ体力を戻してください」
ヘマさんは「そうじゃの。今日はたくさん食べられそうじゃ。血の滴る脂ぎった肉が食べたいのう」と言うと手足の関節を順番に動かし、それを確かめるように見回した。
一通り動かした後に満足そうになると「毎日来てたもれ」と笑いかけてきた。
「奥様、それはいくらなんでも」とアニバルが困ったような顔で止めた。
「いえ、構いませんよ。私は暇なので。会議がグダついて延長することがほとんどなので、時間がいつとは決められませんが、顔を出します」
アニバルもそうして欲しかったところはあるようだ。私がそう言っても止めることはなく、少し安心したようにも見えた。
ヘマさんは話し好きな所もあるはずだ。話し相手も多い方が良いだろう。
「ウリヤちゃんも、ね」とウリヤちゃんの方を見てウィンクすると、驚いたように背筋を伸ばした。だが、ふんっとそっぽを向いてしまった。
ヘマさんをアニバルに任せて部屋を出た。
静かにドアが閉めきられた後、ここまで案内してくれたメイドさんに杖を預けた。すると「何故お返しになるのですか?」とメイドさんは首をかしげた。
「これはここで私が持っていて良いものではないのです。保管場所に無ければ、あなたが怒られることになります」
「構いません。クビにされる者は後を絶ちません。私めものその一人。代わりはいます」
代わりはいたとしても、代わられては困るのだ。見慣れた者たちだけで周囲を固めていた方が色々と動きやすいのだ。
「あなた、お名前は?」とメイドに尋ねると、丁寧にカーテシーになり「イルジナ。イルジナ・ポボルスカと申します」と名乗った。
「では、イルジナ。私をこの杖の隠し場所に案内しなさい」
「実力行使で杖を取り返すおつもりですか? それは非常に危ないですよ? 顧問団たちが暴れます」
「彼らが暴れても、その後に亡命政府軍が動いても、私には敵いません。
ですが、確かに今の状況で皇帝となる身である私が揉め事を起こせば、それ以降権力の全てを奪われ名実ともに名前だけの皇帝となり行動の全てに制限が付くことになります。そういう混乱は起こしたくはないわね。私には皇帝という立場が必要なのだから。
力尽くで取り返すなんてことしないわ。使うときだけこっそり借りるのよ」
「これは厳重に管理されて誰も近づくことは出来ませんよ?
私は魔力適性が僅かにあり、魔石を始めとした魔術道具保管場所の鍵などの管理を任されているので持ち出せましたが」と言って右手の人差し指を立てると、指先に小さな氷の結晶が出来てすぐに散った。
「じゃあ、これは何かしら?」と言って、私も右手人差し指を立て移動魔法を唱え短距離でポータルを開いて見せた。
イルジナは驚いたように目を見開いた。そして、「なるほど」と小刻みに頷いた。
「ですが、あなたが使っているのがバレると隠し場所を変えられてしまうかもしれません。場所が分からなければまた振り出しですよ?」
「いいのよ。ヘマさんの治療を終わらせられればそれで。
私は杖無しでも移動魔法が使えるのに、何故ここにとどまるのか。それは成すべきことがあるからよ。
自分が愛した人の願いを叶えて、その人が愛した世界を守る為に」
イルジナはそれ以上は何も言わず「御意に」とカーテシーをすると私を隠し場所まで案内した。




