仮初めの宮中にて 第三十話
「アネモネの花畑、見つかると良いわね」
ウリヤちゃんは頷くだけだった。
「メレデントさんてあちこちで重大な政治犯だなんて言われてるけど、あなたの話を聞いているとそうは思えないわね」
私は近づきウリヤちゃんの頬を撫でようと手を伸ばした。しかし、手をはねのけられてしまった。
そのときはいつもよりも強めに閃光が走った。ブローチの魔石によるものとは思えないほどだった。
「せいじはん、とかなんて知らないわ。私にとっては最後の家族だったの。
お爺ちゃんはどんなに忙しくても私のことは無視しなかった。大好きなお爺ちゃんだったの。
何にも分からないくせに、そんな風に言わないで」と睨みつけながら言った。
掌とウリヤちゃんの顔を交互に見て「ごめんなさい」と謝った。
ウリヤちゃんは咄嗟に叩いてしまったことに少し申し訳なさそうな顔をしていたが、すぐにアネモネの方を向いた。
「私自身に価値なんか無いの。メレデントって言う名前が欲しいだけ。お爺ちゃんの作り上げてきたたくさんのものを自分たちで使いたいだけなの」
そう言いながら白い花びらを指でつついた。摘もうとしたのか力が入ったが、すぐに力は抜けて花を放した。
「残念だけど、確かに顧問団たちはそう思ってるわね」
「どうせ、あなたもそうなんでしょ」
「なんでそう思うの?」
「それは」とウリヤちゃんは困ったように下を向いて、言葉を探すように左右に首を動かした。
「私はメレデントさんについては話でしか聞いていないの。
だから、正直なことを言うとメレデントさんについては何にも知らないの。
でもねウリヤちゃん、そもそもの話になったちゃうんだけど、私は皇帝なのよ?」
ウリヤちゃんは首をこちらに向けると、目を見開いて私を見つめてきた。
「あなたのお爺ちゃんは、むしろ私を利用したかったんじゃないかしら。
何の知識もないしエルフの歴史も知らないけれど血統とそれがもたらす秘術だけで皇帝になれた者なんて、政治的に利用するくらいしか価値はないわ。
むしろ、何の知識もない方がいいでしょうね」
ウリヤちゃんの隣に並んで腰を落としアネモネの花を見つめた。
「その点では私とあなたは同じよ。お互いに利用されるだけの存在」
手を伸ばしてアネモネの花を撫でるように触りながら、
「ありきたりだけど、あなたは独りじゃないの。私もあなたがいてくれるから独りじゃない。いつも側にいてくれて、ありがとうね」
そう言って抱き寄せるように手を肩に回した。また払われてしまうかと思ったが、身体をたぐり寄せると僅かに抵抗した直後に預けてきたのだ。
「嫌いな言葉だけど、習っていてよかった。あなたと話せる」
そう言うと顔を身体に押しつけてきた。雷鳴系の魔法を使った後のように全身の毛が逆立つような気がした。手を肩に回して抱きしめるようにして上げた。すると中に入り込むようになった。
小さな肩が小刻みに震え、ふぅふぅと声にならない短い吐息が聞こえている。小さな震えた声で「お爺ちゃん、お爺ちゃん」と何度も何度も呟いている。
しばらくそのままにしてあげた。
花びらや葉の上に溜まっていた水滴が落ちると、花は小さく揺れていた。




