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仮初めの宮中にて 第二十九話

 その日は会議が無く、丸一日非番だった。もちろん、クロエがそう言った日だ。彼女は連盟政府の諜報部員であり会議の有無については確実に把握していたので間違いはない。

 天気も良かったので市庁舎の庭を散歩しようと思い、バルコニーにつながるドアのノブに手をかけると、ウリヤちゃんも黙ってついてきた。


 ヴァジスラフ氏のはからいにより、庭と部屋の自由行動は許されていた。バルコニーとそこ先にある階段からつながる庭だ。

 狭くはないが、とってつけたような王室風の部屋は窮屈に感じることもあったので、庭への出入りはとてもありがたかった。

 ウリヤちゃんもそれは同じなのだろう。ドアを開けると私より先に階段を降りていった。

 階段の先、雨上がりの日当たりの良い場所に季節外れ、少しばかり遅めのアネモネの花がしっとり咲いていた。

 ウリヤちゃんはしゃがみ込み、濡れた花びらをじっと見つめていた。


「そのお花、好きなの?」と尋ねると振り返り上目遣いになり「そうでもないわ」とぶっきらぼうに答えた。


「アネモネの花よ。綺麗ね。まだ咲いているのは不思議ね」


「知ってるわ。白いこのお花、お爺ちゃんが好きだったの」


 そう言いながらいつも肌身離さず付けているリボンの真ん中にある黄色いブローチに触れた。お爺ちゃん、と言うときに必ず触れるので形見なのだろう。

 それはどうやら雷鳴系の魔石のようだ。彼女の手に触れる度に起こる小さな閃光の原因なのだろう。


「お爺ちゃん、ということはアラード・メレデントさん?」


 うん、と頷いた。


「お花が好きだなんてステキな人だったのね」


「でも、アネモネの花は共和国では生えていないって言ってたわ。

 人間の住む世界のどこかに、アネモネの花がたくさん咲いている場所があるって言ったの。

 それで私が見たいって言ったら人間の言語、エノクミア語を学びなさいって」


 ブローチを触るのをやめてアネモネの花に手を伸ばした。


「どうしてって聞いたら、お爺ちゃんは、ルフィアニア語だけじゃ世界は見られない。コミュニケーションは話し言葉以外でほとんど通じるけど、話し言葉が一番壁になる。大したことないくせに足を引っ張るなら、身につけて邪魔なんかさせるなって。

 それだけじゃなくて、人間は自分たちが一番頭が良いと思い込んでいて、エノクミア語がしゃべれない生き物を頭が悪いと馬鹿にする。だからしゃべれないで人間の世界に行くのは野蛮な生き物に殺されに行くようなものだって。

 だから敵性言語だったとしてもエノクミア語も学べって。一生懸命勉強して話せるようになったらお爺ちゃん、褒めてくれたの」


 花の中にいたミツバチが驚いて飛び出してきて、ウリヤちゃんは手を引っ込めた。


 アラード・メレデント氏は孫思いの素晴らしい人だったようだ。自分以外にたった一人生き残った肉親であるこの子を、まるで自分の娘のように育ててきたのだろう。

 この子がやがて大人になる頃には人間と共に生きていく時代が来るというのを予感していたのだ。

 その世界を生きていかなければいけないこの子の将来を思ってそれを学ばせたのだ。

 彼の野望の一部でしかないかもしれないが、それでこの子は幸せにもなれた。


「そう」


 風が吹くとアネモネの花は揺れた。しばらく周りを飛んでいたミツバチは高く空へと飛んでどこかへ行ってしまった。

 ウリヤちゃんは目を細めて顔にかかった前髪を鬱陶しそうに直した。

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