仮初めの宮中にて 第二十七話
「なるほど、マフレナさんね」と笑いかけると、「改めてよろしくお願い致します」と再び作業を始めた。
私はクシフスカという姓に心当たりがあった。単なる一致かもしれない。だが、会話を続ける為に尋ねずにはいられなかった。
「クシフスカ、クシフスカ……。聞いたことある名ね。名前から考えると、共和国の……ウェストル地方の家系で、確か女中さんの一族だったかしら?」
マフレナは私の髪を触っていた手を思わず止めて、驚いたように目を見開いて見つめてきた。
「何故分かったのですか? クシフスカ家は代々皇帝や高級官僚にお仕えする一族です。貴族ではないのにルーア王家の紅い髪に触れることを唯一許された一族で、ここにいるメイドの中でも私一人が許されているのです」
伝統だけはしっかり守るというのが如何にもお飾りである、と穿った解釈をしてしまった。マフレナに悪意はない。彼女も大変なはずだ。貴族ではないと言ったが、大きい家柄だ。ここまで出自がはっきりしていると言うことは、難民エルフではないだろう。おそらくこのためだけに共和国から密入国のような危険な道を通ってここまで来させられたのだろう。
「ギンスブルグ家って分かる? あそこにしばらくお世話になったことがあったの。そこの女中さんに同じ姓の子がいてウェストリアンエルフだって言ってたわ。あなたに似て穏やかな表情だったわ。あ、これは言っちゃいけないことかもしれないわね」
「そうなのですか」
「メイドさんはみんなエルフの子たち?」
「そうです。メイドに限らず、雑用などで使役される者たちはほとんどエルフです」
「どういうこと? それだと上に行くほど人間が多くなるみたいな言い方だけど?」
鏡越しのマフレナは視線を合わせないように逃がし、黙って俯いた。
「そうなのね。分かったわ。その話は止めましょう。ところで、いつも顔を出してくれる他の子たちの名前も教えてくれる?」
「今度自己紹介させます。今日は私一人なので」
「ありがとう。それから、少しで良いから外の様子、街の様子を聞かせてください」
「残念ですが、それは禁止されています」
「じゃあ、あなたにとって一日の中で楽しかったことを話してください。準備中、私は暇です。あなた達の顔をじっと見つめるだけでは心許ないので。あなたもじっと見つめられているとやりづらいでしょう?」
マフレナはじっと目を見つめてくると「不思議な方、ですね」と囁いた。




