仮初めの宮中にて 第二十四話
亡命政府などと言う不安定な立場でありながら、マルタンを占拠するまでに至るには組織としての方向性の一致がなければ不可能だったはず。
しかし、会議での雰囲気は、統治体制をより良くする為の積極的な議論ではなく、相手の足を引っ張るためにただ異論反論揚げ足取りを並べ合うという、一枚岩の組織の醸し出すものではない。
マルタン占拠を成し遂げ、皇帝の末裔を見つけ、擁立目前までを成し遂げた今になってから食い違いが生まれた、と言う風には見えない。
この組織は最初か何かがおかしいと感じていた違和感の原因はおそらくそれなのだ。
私は皇帝として擁立される為にここにやってきた。顧問団は私を擁立するだけが目的だろう。要するに、私もウリヤちゃんもお飾りなのだ。
クロエとヴァジスラフ氏は私を皇帝にする為、実際的な権力を持たせようとしている。
だが、それによってヴァジスラフ氏はまだしも、連盟政府のクロエは何をさせようとしているのだろうか。
黙ってクロエを見つめていると、彼女は私の視線に気がついたのか、小首をかしげて微笑み返してくると、
「私がお伝えしたいことは以上ですね。
あの四人が別の議会を作り、好き勝手話し合っている可能性もありますが、私が陛下の側にいる限り、何を話し合おうと意味がありません。
ユニオン側はどうだか知りませんが、連盟政府側の防波堤は私なのです。勝手に軍や政府機関を動かそうものならクーデターですわ。
亡命政府の中でさらにクーデターなど、もはやワガママな馬鹿ガキの戯れ。何がしたいのか分かりませんね。
私が側にいる限り、最終意思決定はあなたなのですよ、アニエス陛下。では明朝再び会議にお連れ致しますわ」
と言って手元の書類をまとめて立ち上がった。
私に会釈をした後に、ウリヤちゃんにも小さく手を振った。ウリヤちゃんはふんと鼻を鳴らし返している。
遅れるようにヴァジスラフ氏も書類を丸めて椅子から立ち上がった。
「では私も失礼させて貰おう。アニエス女史、陛下であることは認めるが、まだ陛下とは呼ばない。そのつもりで行動していただきたい」
視線を合わさずにそう言った。
「それはあなた次第です。認められようと無かろうと、自分は皇帝であるという自覚は持っていますので」
仕草が少し腹立たしく、やや言い返すようになってしまった。何だこの子娘は、と反抗されると思ったが、言葉に驚いたように私の方を真っ直ぐ見た後、「そうか」とだけ言って会議室を後にした。
残された私も立ち上がると、ウリヤちゃんも椅子から立ち上がった。
「部屋に戻る? それともお花、見ていく?」とエノクミア語で尋ねると「部屋」とだけエノクミア語で呟いてスタスタとドアの方へと歩いて行った。
やはりこの子は――。
その小さく丸くやや縮こまっている背中に「ウリヤちゃん」と呼びかけると首だけをこちら向けて来た。何も期待していない無表情をしている。
「あなた何も話さないけど、エノクミア語分かるのね」
首だけを曲げてこちらを見ると「だからなあに?」と冷たい表情で言った。再び前を向いて歩き出してしまった。
「ねぇ、どうして話せないフリしているの?」と再び背中に尋ねると、「話せたって何も伝わらなかったら、しゃべれないのと一緒でしょ」と聞こえるかどうか分からないほど小さな声でそう返事をしてきた。
エノクミア語がわかると言うことは、この子はこれまで会議やそれ以外で話されていた全てを聞いていたことになる。
エノクミア語が分からないと思って、心ない大人たちが吐いてぶつけた暴言も全て彼女は理解しているのだ。
亡命政府が出来てからだいぶ時間が経っている。彼女はこれまでどれほどそれに耐えてきたのだろうか。
背中は小さいだけじゃない。大きな重圧と大人たちの彼女へ向けた暴力的な言葉が彼女の背丈を押さえ付けているように見えた。
彼女に追いつき屈んで視線を合わせて「お花、見に行きましょ」と言って、触れあうと起きてしまう小さな閃光ごと彼女の手を掴んだ。
鬱陶しさに嫌がられて振り払われるかと思ったが、意外にも手を握り返してくれた。
ウリヤちゃんのエノクミア語については、可哀想ではあるが本人の意思で話すまではこのまま黙っておこう。




