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勇者(45)とその仲間 第五話



「イズミさん、イズミさん」


 聞いたことのある声がする。誰かが体をゆすっている。

 女の子のいい匂いだ。いつも嗅いでいるような慣れ親しんだ匂いだ。

 感覚が少しずつ戻ってくる途中で、全身が痛いことに気が付いた。

 

痛みに眼を開けると涙目のレアが目の前にいた。


「よかった。意識が戻ったみたいですね!」


 また意識を失っていたようだ。短期間にこれほどまでに頻回そういったことが起こると慣れてしまうが、体は大丈夫なのか心配にもなってくる。


「レアさん、早く解散した夜から記憶が無いんですが、今まで何をしていたんですか。俺は」

「その次の日に連行されて、橋を壊したテロ行為をとがめられて拷問を受けている途中で意識を失ったんです。その後、私たちの商会が橋の件について我々は責任の所在を知っている、秘密裏に依頼をされ運んでいた内容不明の積み荷による事故だと言うことになって釈放されました。生きていてよかったですぅ。湖のときと違って今度は本当に死んじゃうかと思いましたぁ」


 首にしがみつくレアの重みで痛みが走るので少しずつはがしていった。

 レアに話を聞くと、シバサキさんは諮問を受けているときに「うちの魔法使いが勝手にやった」と法廷で言い放った。一定の信用が確保されている勇者の言うことを諮問機関はあっさり信じて、俺を連行し拷問にかけたようだ。何一つ覚えていないがうわごとのように自分は違うと言い続けていたらしい。


 でっち上げの経緯だが、敵対し合うのは魔物対人だけではなく人同士でもあり、むしろそちらのほうが多い。隣の領主が権力掌握のためにいさかいを起こす危ない何かを商会ルートで輸送しようとしたところ事故が起きた、ということになったようだ。その領主は現在拘束され、共謀した連中も摘発されたとのことだ。商会は荷物の中身を偽られて運ばされたということでおとがめはないそうだ。

 秘密漏えいで商会が非難されてしまいそうだが、もともとその領主とやらもキナ臭かったのだろう。拘束するための理由になったに違いない。

 自分が受けていた拷問の内容は何も知らないかのように覚えていない。きっと未だに名前のわからない女神さまが消してくれたんだろう。


「よかったですね。イズミさん。商会が処理してくれるみたいで特に何もないそうですよ」


 聞きたくはないが、もし何かすることが必要になった時はおそらくこの子にやらせるのであろう。

 それが仕事だと割り切っていたとしても、手を下すことに何の感情を抱いていなくても、この子にそんなことはさせたくない。


 ベッドのそばの壁にはいつも通りの無表情でカミーユが寄りかかっていたが、俺の意識が戻ったのを確認したのか、そっと部屋から出て行った。

 その場にシバサキさんの姿はなく、正直なこと言ってしまうとかなり安心した。


「レアさん、その、シバサキさんがっていうことはいったいどうなったんですか」

「事実が明らかになった後、実行犯が勇者だということで商会と政府側でも議論が紛糾しました。ただ、勇者自体の管理権限は商会、政府組織になくともに手が出せなくて、政府組織の大多数の保守派閥が過激な分離主義者の処分に利用する形で丸く収めようという結論にしました。しかし、それでは商会と分離主義者側の軋轢が生まれてしまうので、荷主の積み荷の虚偽申告を受けたということで商会も被害を被ったように仕立て上げたようです。事実確認が取れたのも今回はたまたま101とヴァーリの使途が、あ、いやなんでもないです。今は休んで体力を取り戻してくださいね!コーヒー飲みますか?」


 寝起きの頭には難しい言葉をつらつらと並べられて何も理解することができなかったが、とても大きな問題になっていたことはわかった。

 これを張本人が理解しているのかが怪しい。女神の様子やレアの話を聞く限り、手が付けられず放置状態になっている印象を受けなくもないので、耳に入っているかも疑わしい。


 しばらくレアと話をした後、身体を起こすことができるようになったので、外の空気に当たりたくなった。そばにいてくれたレアは心配していたが、換気だけと言うと後からついていきますね、といい部屋の片づけを始めた。


 冷たいドアノブを回し屋上に出ると外は夜だった。

 ノルデンヴィズは夜も寒い。来てから何度も降っている雪にもかかわらず空気は乾燥している。乾いた空気を大きく吸い込むと喉の奥が痛くなる。吐いた息が白くなって登って行く。

 夜もだいぶ更けていて見下ろす町の人通りもなく建物の明かりもまばらだ。


 誰もいないのかと、少し安堵しかけたときに人影を見つけた。

 近づかなくても分かる。シバサキだ。安堵しかけていた分、驚きと嫌悪に鼓動が跳ね上がった。足音に気が付いたのかこちらを振り向いた。


「新人か。僕、猛烈に怒ってるから。キミに。謝るまで会話しないからな」


声が聞き取りにくいが、どうしてか足は動かない。近づこうとしない。できない。

それにようやく聞き取れた言葉も彼が何に怒っているのかわからない。


「何で怒ってるかわからないって面だな。舐めてんな」


 ただただ戸惑うばかりだ。わからないことにさらに怒りを募らせたようだ。


「どうして僕に嘘をつかせるようなことをさせたんだよ! まっすぐ生きてきたのに!」

 

声を震わせ泣きながら怒鳴った。


「お前は新人の癖に僕の嘘をつかないで生きてきた人生に泥を塗ったんだからな!」


 嘘をつかせたことを怒っているのか。彼が嘘をつかないといけないような状態に持ち込んだのは彼自身ではないか。嘘をついたあげく、拷問を受けたのは俺ではないか。

 なぜ彼のついた嘘で俺は咎められて、彼のついた嘘について彼自身から責められているのだろう。考えるほどに混乱し怒りも嫌悪も通り越してしまったので、かける言葉が何も出てこない。


 ドアをバーンと足で蹴り開けるとシバサキはそのまま階段を駆け下りて行った。



 遅れてシバサキと入れ違いになったレアが「どうかしましたか?」と覗き込んできた。

 だが、俺は黙りこくったままただ困り果てた顔で覗き込む彼女を見返すことしかできなかった。


「寒いのは体に悪いですよ。入りましょう。ご飯もありますよ」


 背中を両手でぽんぽんと押すレアに導かれて建物に戻った。

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