仮初めの宮中にて 第十九話
ギヴァルシュ政治顧問は刹那に私を強く睨んだ後、表情を笑顔にした。
「ではどうするおつもりですか? どうやって市民にあなたのお言葉を、あなたの口から伝えるというのですか?」
「先ほど、キューディラを使って放送すると仰いましたね。私はそれで充分伝わると思うのです。内部に向けたものもそれを使えば届けられます」
「それでは意味が無いのですよ。きっちり生の言葉で伝えなければ意味を成さないのです。それくらいはおわかりでしょう、アニエス女史?」
「ではなぜ録音するのですか? それを流すとも仰いましたね?」
「アニエス女史」とルクヴルール軍事顧問が椅子から身体を起こし、テーブルにのしかかるようになった。ため息をすると、
「いい加減、少しお黙りいただけないかな? 会議がこれから毎回あなたのせいで滞って仕方が無い。毎回こうなっては国家運営にまで影響が出てしまう。やはり今後の参加は見送っていただかないといけませんな。おい、そこなメイド」
とドア近くに立っていたメイドさんを指さした。
一歩前に出たメイドさんを手招きで呼び寄せると「アニエス女史とウリヤちゃんをお連れして庭の散歩でもしてきたまえ」と私の方を掌で指し、
「今日は天気が良い。初夏のアジサイがとても綺麗ですぞ。近々、アガパンサスやゼラニウムも咲きますぞ。どれも管理が行き届いて、綺麗で毎日見ていても飽きませんな」
と言って目を細めた。
「メイド、下がりなさい」とまたしてもクロエがいった。このときは無表情で、挙げた右手の人差し指を邪魔な虫を払うように振って見せた。
「ではアニエス陛下の意見を参考にし、陛下の仰せの通りにする方向で今後も彼女を交えて協議を続けていきましょう。さあ、ギヴァルシュ政治顧問、お話しを続けてください」
クロエはルクヴルール軍事顧問を黙らせた。彼女は私の話を聞き入れているようだ。
しかし、なるほど。顧問団たちはにとって私はお飾り皇帝ということか。
兎にも角にも私に発言をさせないようにしているのだ。
私は後に皇帝となり最高権力を得られるはずだが、簡単にそうなるとは思えなかった。先ほどのやりとりを見る限り、ここでは権力は奪い合うもののようなのだ。そして、その奪い合いは絶えず行われているのだ。
黙っていては何も得ることが出来ない。ただ一つ確実に与えられるものは、与えられると言うよりも押しつけられるような形の皇帝という立場だけだ。
しかし、昨日の今日だ。情報が全くない。そして、顧問団たちはその情報も遮断しようと試みている。
それからはただ黙っているだけで終わってしまった。




