仮初めの宮中にて 第十八話
「アニエス陛下に内容を考えていただくというのは、非常に素晴らしい提案だと思いますね! 皇帝自らが選び抜いた言葉であれば、マルタンの難民エルフや僑エルフたちだけにとどまらず、きっと共和国のエルフにさえも深く強く響くでしょうね! そうしましょう! さすがですわ、アニエス陛下!」
「ですが、それではわけの分からないものになってしまいますぞ。失礼ですが、アニエス女史は帝政ルーアも共和国も、どちらの歴史について何も知らないではないですか。それでは一体何を話せるというのかな」とルクヴルール軍事顧問が大きな身体を机にのりだし見下ろすようにクロエを睨んだ。
「ご安心ください。歴史については私の方からアニエスさんにお伝え致します。内容についても私がサポート致します」
「連盟政府の都合の良い歴史でも教え込むのかね?」とルクヴルール軍事顧問はさらに凄んでクロエを見つめた。
しかし、クロエはまるで態度を変えない。どれほど凄まれようとも、意に介していないような作り笑顔を続けている。
「歴史に詳しい。ですか。人間であるあなた方も、帝政・共和国どちらも捨てた僑エルフとなり果てた方々もエルフの歴史については知っているのか、私は不思議で仕方ありませんね。まぁ、私の意見としては、アニエスさん自身でスピーチ内容を考えていただくというのが、それ以外に選択肢などない唯一にして最善の選択であると致します」
先ほどのように、よろしいですね、と言葉では言わなかったものの、笑顔で机を囲む者全員を見渡した。
「さて、スピーチの日程についてのお話しに移りましょうか。どうぞ、進めてくださいな」とクロエは掌をギヴァルシュ政治顧問の方へ見せた。
ギヴァルシュ政治顧問は舌打ちこそしなかったものの、机の上に置かれていた拳が震えていた。
「日程はマルタンでの休日に行うことを想定しています。休日ともなれば市街地に人が溢れます。そうすればより多くの人がスピーチを耳にすることになるでしょう」
「ちょっと待ってください。市街地に市民がいる中でスピーチをするのですか?」
「何か問題でも?」
「私は賛同できません。ここに来るまでにマルタンの街を見ましたが、占領下とは言え市民には陰鬱とした様子は見られず、むしろ以前ほどではないですが活気があるのではないかと思いました。元の住民たちもある程度元の生活を取り戻しつつあるのではないですか? 休日の様子を見たわけではないのですが、観光都市を自負しているマルタンはおそらく休日ともなれば人がいつもの倍になると考えられます。そのような状況でスピーチするなど、市民に危険が及びます」




