仮初めの宮中にて 第十七話
誰もがただクロエの言葉など無視していたような沈黙から、押しつぶされるような圧で抑え込まれ言葉を発することが出来ないような沈黙へと移り変わった。
時計が時を刻む音が聞こえた。五回ほど秒針の弾ける音が聞こえたあと、ギヴァルシュ政治顧問は「さて」と咳払いをした。
僅か五秒。それがたったそれだけとは思えないほど長く感じた。
その張り詰めた空白をもたらしたのはクロエ。彼女に何があるというのか。
「まず、現在市街地で活動しているテロリストであるレヴィアタンとの交渉についてですが――」
会議の歯車がかみ合い、再び回り始めた、かのように思えた。
レヴィアタン、亡命政府軍兵士の難民エルフからの徴集・教育・訓練、軍装備であるマスケット銃の確保状況、魔石の確保……。
聞いたこともない単語ばかりで話を聞いても私は何も分からなかった。まるであえて分からないように複雑な言葉を使っているのではないかと思うほどだ。
(なぜ今さらマスケット銃なのかと疑問はあったが)。
何が何だか分からないような無駄に複雑にされた言葉で進められていく会議だったが、一時間もするとぼんやりとした概要を掴むことが出来た。
進んでいく議題の論点を見いだせても私は何も言うことが出来ずに時間が過ぎていった。
そして、議題は移り、先ほど途切れてしまった皇帝のスピーチのことについてに戻ってきた。
それについては私自身が大きく関わることであり黙っているのは些か不愉快だった。相変わらず何も言うことが出来ずに時間だけが過ぎていったが、私はある一言を聞いて動かざるを得なくなってしまったのだ。
「スピーチの内容については顧問団たちで検討致します」
「待ってください。私が皇帝としてスピーチするのであるなら、私にも考えさせてはいただけないでしょうか?」
顧問団たちは呆れかえるような表情を浮かべて、視線を上に向けて首を傾けたり、腕を組んで目をつぶったり、露骨に馬鹿にするような仕草を見せてきた。
私の意見など戯れ言としか思っていないのだろう。
ギヴァルシュ政治顧問が「では、一体何を発言するつもりでしょうか? 具体的に教えていただけますか?」
昨日今日出来たばかりで何も分からない。「それは」と言葉を詰まらせると視線が泳いでしまった。
ほら、ご覧なさい、とでも言いたげにギヴァルシュ政治顧問は目を開いた。
「アニエス女史、あなたは何も分からないではないですか。ご安心ください。私たち顧問団が最も理想的な内容を考えて差し上げます。あなたはそれをきっちり読んでいただければ」
「それはなんて素晴らしいのでしょう!」
クロエがギヴァルシュ政治顧問の言葉を遮るように歓喜の大声を出したのだ。




