仮初めの宮中にて 第十五話
「そうなってしまうと、こちらも相応に動かねばなりませんから。呑気に国家運営とは出来なくなりますよ。あなた方、政治顧問と軍事顧問は人間。そして、フィツェク法律顧問とアブソロン金融顧問は難民エルフではなく、連盟政府の中でエルフであることを隠し人のふりをして財を成した僑エルフ※の何世かしら。ウリヤ執政官殿が話すエノクミア語の理解すら怪しいですものね。どこに帝政ルーアの面影があるのやら。それをあなた方の国にするとしたら一体何の国、何の為の国なのかしら。私たち連盟政府がこのたかだか亡命政府に対して帝政ルーアという承認を出していることをお忘れなきように」
クロエは先ほどから調子を変えずに低い声で、さらに張り出すようにテーブルに肘を突きながらそう言い、ギヴァルシュ政治顧問を顎を引き気味にして見つめた。いや、睨め付けた。
ギヴァルシュ政治顧問の目は笑わなくなった。口は右口角だけが頬に皺が出来るほどに上がり、高笑いの余韻を残していた。笑い声も既に無く、不自然に乾いた表情だった。
会議室を険悪な沈黙が包み込んだ。
「――北公は」とルクヴルール軍事顧問が静まりかえったところに話を始めた。
「アニエス女史は北公軍の中佐でしたな。クロエ殿、あなたが北公まで行き、軍中佐という決して低い地位ではない位に立つアニエス女史に頼み込んだ。そして、アニエス女史は無条件で自らここにやってきた。ということは、北公は我々を国家として認めたと言うことになると思うが?」
そのようなつもりではない。クロエからも聞いてもいない。イズミさんの目指した和平の為にここに来た。
それが否定されたようで溜まらずに「私はそんなつもりでは!」と椅子を蹴るように立ち上がり言いかけたが、
「は?」
と部屋いっぱいに響くほどの大声で、馬鹿げた寝言を聞かされたことを切り落とすように誰かの声が私の言葉を遮った。
声の主はクロエであり彼女の方を見ると、口と目を開きこれでもかと両眉を上げて間の抜けた顔をしていた。
そのまましばらくこれ見よがしに硬直したかと思うと、突然動き出して私の方を見て、私に落ち着くのを促すように掌をこちらに向けて「言いたいことは分かります。陛下はおかけください」と微笑んだ。そして、ゆっくりとルクヴルール軍事顧問の方へ向き直ると目尻を下げて目を細めた。
僑エルフ……エルフであることを隠し、人間として人間の世界で暮らしているエルフたち。貴族ではないが富を形成しており、いわゆるブルジョワ。




