仮初めの宮中にて 第九話
ウリヤちゃんは食事をして落ち着いたようだ。先ほどの悲しそうな表情はだいぶ治まり、ぼんやりと外の景色を見ている。午前中でまだ青さの残るマルタンの空には、夏の雲が浮かんでいる。今日一日は雨は降らない。
この子はいくつなのだろう。マリークくんよりも少し年下のような気がする。
「コーヒー、飲みたい?」と尋ねると、はっとして警戒するように私を睨みつけるようになった。
私の手元で湯気を薫らせている白い陶器のカップを見た後にゆっくり頷いた。
新しいカップを起こしてそこへポットから注ぎながら「ミルクとお砂糖は?」と尋ねると首を左右に振った。
「まだ熱いから気をつけてね」とソーサーと共に彼女の前に置いた。緊張したような表情で鼻の穴を膨らませて匂いを嗅いでいる。芳醇な香りに安心して、味に期待をしたのか、肩を落とした。そして、恐る恐るカップを持ち上げて一口付けた。
しばらくそのまま動かなくなると、眉間に皺を寄せ始めそのままぷるぷると震え始めた。
ゆっくりカップをソーサーに戻すと、真横に置いてあったグラスを持ち上げ、底に残っていたオレンジジュースを飲み干した。
かなり苦かったようだ。まだ大人の味は早いのか、それとも私の淹れ方が下手なのかもしれない。イズミさんに淹れ方を聞いておけば良かった。
ウリヤちゃんのグラスにオレンジジュースを注ぎ足して上げた。
席に戻りコーヒーカップを覗き込んだ。黒い水面がまだ半分よりも上にある。縁を指でなぞると、湿った吸い口に人差し指が触れた。
私は半ば勢いでマルタンに来てしまった。
イズミさんの和平を叶える為とはいえ、クロエの言葉を信用して何も考えずに飛び込んでしまったのだ。
クロエは「私が帝政ルーアの皇帝になれば権力は全てあなたのもの。それがどれほどイズミさんのためになるか」と言って私をけしかけた。
確かに私が皇帝になれば権力は掌の中に収まるだろう。だが、それをよしとしないのは身内にもいるのだ。
どこの田舎娘ともしれない女に皇帝の地位を継がせるなど許せるわけのない者、そうであるからこそ近づき利用し自分の立場を良くしようとする者、あわよくばその地位を奪い取ろうと画策する者。
帝政ルーアの皇帝となるにはルーア本家とフェルタロス家は血統である時空系魔法を使えなければその資格は与えられない。
だからといって私が直接殺されることは無い、とは言えないのだ。
それはこれまでの世界でのことだ。




