ツヴァイターラングロジェの銃声 最終話
「この襲撃犯を長官襲撃発生直後に拘束するという行動に先んじて出たのは私ら軍隊だ。先にいたのはおたくらかもしれないが、軍が優先的に拘束する立場にある。文句あるか?」
隊長格の男はぐっと喉を鳴らして黙り込み、拳を握った。
力が込められていき筋を立て、ふるふると震え始めると「司法的な判断を下す権限は我々にある。いずれ引き渡して貰うぞ」と男は背中を向け、隊員たちをかき分けて去って行った。
残された隊員たちは隊長格の男と俺たちを困惑したように交互に見たあと、銃を下ろしてしまった。
ユリナはそれを見て大きく頷くと「そういうワケだ。イズミ、お前を法律省長官への襲撃罪で拘束する」と言ったのだ。
罪状について意外で驚き、思わず「悪辣思想掲揚罪じゃないのか?」と尋ね返した。
「共和国は自由が保障されている。例えビッグブラザーがいようともな」とユリナは調子を変えずに言った。
なるほど、長官を批判しようとも、危険思想を掲げていようとも、言うのは自由だが、常に見られているということか。道理で軍がオペラ座に来るのも早かったわけだ。
「おい、ユリナ。もう一つ、いや、いくつか頼みがある」
そう言うと、ユリナは両眉を上げて「ワガママだな。だが聞いてやる」と発言を促してきた。
「マゼルソンの帝政原理思想は帝政思想とは別だとメディアに流してくれ。マゼルソン長官は帝政思想に撃たれたとも」
肩をすくめると掌を上に向け、人差し指と中指を動かした。
すると、ユリナの背後で俺に銃口を向けていたフラメッシュ大尉が銃を下ろし、周りで困り果てたように佇んでいた市中警備隊員を睨みつけ「お前ら、帝政系の思想を掲げるヤツはこいつとマゼルソン長官以外にはいたか?」と怒鳴りつけた。
ユリナ率いる軍部省は完全なる共和主義者で反帝政。ここにいる帝政思想を掲げる一部の市中警備隊員たちとは真っ向対立する存在。
だが、軍であるため、所持する兵器の殺傷力は市中警備隊の比ではない。一喝されると警備隊員たちは黙り込み、互いの顔を交互に見合った後におどおどと敬礼をした。
大尉はそれを見渡すと、さらに「そうか。顔は覚えたぞ! いいな!」と大声を上げた。
こいつらは間違いなく、帝政思想。だが、釘を刺されたのだ。
さらに「ならばさっさと戻れ! イズミの身柄は軍が抑えた! お前らの長官は指示が出せない状態にある! マゼルソンに次ぐ立場にある奴のところへ指示でも仰ぎに行け! 国家に仕える者がボサッとするな!」と声を荒げた。
すると覇気に圧されたのか、市中警備隊はあっという間に撤収していった。
静まりかえったオペラ座の廊下で、ユリナは一歩前に足を前に出し、俺に近づいてきた。そして、横へ並ぶようになると、
「イズミ、テメェは今日限りで軍はクビだ。だが、お前がいるのは軍の手の内だぞ。
確かに、私ら軍に市中警備隊の権利である逮捕権は無い。
だが、拘束は出来る。
逮捕されるより先にこっちで身柄を確保したら、市中警備隊にはそうそう簡単に引き渡されることはない。
軍は軍で取り調べを行う権利があって数週間は私らの手中だ。しばらくお前の身柄は共和国軍が抑えてる。
裁判も行われていないから、司法の立場で犯罪者にはなっていない。これからは好きにしろ」
と肩に手を置いてきた。その掌には握るような力が込められていた。
好きにしろ、というのはユリナたちの計画に乗れという事なのだろう。俺は返事をしなかった。
俺はマゼルソンの言ったとおり、彼の血の付いた市中警備隊の制服を着てマルタンに向かう。
マリークが狙撃直前に何かして、狙撃をほんの僅かに遅らせようとしている。
俺は宣言後と発砲までのそのほんの僅かの間にアニエスを救出する。
結果的にユリナの作戦には乗り、最後の最後で裏切ることになるのだ。自ら進んで計画に乗ったわけでは無い。
「繰り返すが、私らは本気で皇帝を殺すつもりだ。公開殺害の決行日時に変更はない。必ず殺しに行く。いいな?」
ユリナは念を押すようにそう言った。
「はっ、あばよ」
俺は掴んでいたマゼルソンの襟首を近くにいた兵士に投げ渡すように放した。そして、血にまみれた手袋を外して投げ捨てるとポータルを開いた。




