ツヴァイターラングロジェの銃声 第十七話
「よろしい……。これで帝政原理思想は傷つか、ぬ……。皇帝は右手の指が多い。その大きな掌は英雄の助けになろう……」
「黙れ」
撃つ前に胸腔を突き破るのではないかと思うように暴れていた動悸は、手に残る発砲の衝撃が右肩に抜けていくにつれて平常に戻っていった。
そして、鉄の匂いのする空気を鼻から吸い込むと、呼吸も減った。
意外、でも何でも無いのだろう。これまで幾度となく見せつけられてきた死に麻痺しているのだ。
マゼルソンはゆっくりと椅子にもたれ掛かり、そのまま腰が落ちていった。椅子の背もたれに赤黒く引き延ばされた血痕を残し、崩れ落ちるように床に膝を突いた。
そして、前屈みに倒れていった。
マゼルソンが倒れると同時に、胸ポケットの辺りから魔石が転がり落ちた。
(ラッセェティエン、チェレサーブガフ、チェセッティラ、イフメッサーセブニ、ラッセェティエニ……)
それから小さな音が聞こえている。若い女性が何かを等間隔で言い続けているようだ。
俺は待たしても引き金を引き、その緑色をした魔石を撃ち抜いた。
ただ、そう。何となく、だ。ただの腹いせに俺はその転がり落ちた魔石を撃ったのだ。
引き金を引くと同時に魔石は砕け散り、緑色の光の粒になって消えていった。
ぐったりと腕を落としたマゼルソンの襟首を引き摺り、俺はドアを開けた。
目の前には市中警備隊が待ち構え、魔法射出式銃をこちらに向けて険しい顔を向けている。
会場ではまだアリアは流れている。開けっぱなしにされた防音のドアからくぐもったテノールの男の声が僅かに漏れている。
血塗れで現れた俺を見ると、警備隊員たちは互いに顔を見合わせて銃を下ろした。そして、敬礼をすると前を開けて花道を作り上げた。
発砲音は大きく、俺は耳が遠くなり何かが詰まっているような気がした。目に映る物が全てゆっくりと見える。緊張からなのか、後悔からなのか、時間の流れさえも遅く感じる。
俺は帝政思想のふりをして、たった今マゼルソンを襲撃した。
敬礼をして花道を作るこいつらは、これからこのツヴァイターラングロジェに突入し、マゼルソンを捕まえる、あわよくば殺すつもりだったのだろう。
遅かったな。俺が先に撃ってやった。お前らボンクラに未来を奪わせない為に。
怯えながらも震える手で敬礼をして俺を取り囲む者は、誰も俺には手を貸すことはなかった。
無責任なヤツらめ、思想だけを一丁前に掲げて実行する度胸もない者たちめ。
俺はそう思いながら出来た紅いビロードの花道をマゼルソンの襟を引きながら進んだ。血に染まる俺の足跡を彼の身体が引き摺り、紅をさらに赤黒く染めて進んだ。
どこへ向かおうというのか。それさえもわからずに出口に向かおうとして階段のある角へとさしかかった。
そして、角を曲がるとユリナが腕を組んで壁により掛かっていた。




