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ツヴァイターラングロジェの銃声 第十六話

 直接手にしたことはないが、他の誰か、不特定多数の者たちが引き金を握るまでの瞬間を幾度となく見てきた。

 引き金が握られるその瞬間までの一連の流れなど、覚えたくなかったとしても頭に焼き付けられているのだ。

 俺は気がつけば安全装置を外していた。


「よろしい」とマゼルソンは頷いた。

「ここで君が撃つか、警備隊が私を殺すか。これをトゥーランドットにするか否かは君次第だぞ」


“男の名を知る者は誰一人いない。そして、死を避けることはできぬ”


「女奴隷は自刃した。あんたの手の内にいる俺があんたを撃てば、あんたがあんたの手で自分を撃ったことになる! ふざけるな! それこそトゥーランドットじゃないか!」


 撃たなければいけない。それはわかった。だが、俺には撃てない。それでも、撃鉄を起こしていた。

 やらねばいけない。だが、しかし!


「私は奴隷か、確かにな。皇帝の奴隷かもしれないな」


“消え去れ、帳よ。カフアの(ともがら)よ、海に帰れ”


「では、君の愛は本物ではないのかな?」


「黙れ」


 俺は震える手で銃を握り、引き金に人差し指を掛けた。


「黙れ、黙れ黙れ! あんたに愛を語る資格は無い! これまであんたが語った夢の裏には全て策があった。今回は何があるんだ!?」


「ふ、ふふ、ふはははは!」マゼルソンは突然大声で笑い出したのだ。

 公演中だというのも構わないような、豪快で響き渡るような笑い声だ。この男がこのような下品な笑い方をするのか、俺は震えながらもあっけにとられた。


 そして、身体を前のめりにして「聞きたいかね?」と迫り、白い歯をむき出しにして顔中に皺を寄せて悪辣な笑みを向けて来たのだ。


「そうだ! 愛は力になるか? 愛があれば戦争が終わるか? この世界を救えるか?

 もちろんだが、この世界に愛は確かに存在する。だが、愛で救えるのは、愛した人だけだ。

 耳障りの良いその言葉は、他人を使うための建前でしかない」


“朝焼けは私を勝利に導く”


「じゃあ、あんたは何のために俺にこんなことをさせる!?」


「よかろう。教えてやる。フェルタロス王朝時代の王政を復活させ皇帝をただのエルフの皇帝ではなく、神へと祭り上げる。そして私はその空いた頂の座に座り――」


“私は勝利者となる。私は勝利者となる”


「この世界の王となる」



――銃声は響いた。


 引き金は意外と軽かった。人差し指に力を入れ掌全体で拳銃を握ると、強烈な衝撃が右腕全体を走り抜けた。薬莢は飛び、ツヴァイターラングロジェの赤い絨毯の上を転がっていった。

 銃声と薬莢の跳ねる音以外は聞こえなくなっていた。


 しかし、実際に発砲音は思ったほど響き渡らなかったようだ。ツヴァイターラングロジェで起きた異変に、まさに最高潮を迎えていたオーケストラは止まることはなかった。

 静まりかえっていたように聞こえたのは、緊張で鼓膜が張り詰めていただけなのかもしれない。

 煙はゆらりと上り、火薬の匂いが鼻の奥にたどり着いた。

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