ツヴァイターラングロジェの銃声 第十三話
「ふふ、見上げた愛情だな。私もかつては妻を愛した。亡き後はルシールを愛した。息子たちも等しく。
だが、正義は職務によって遂行されなければ平等では無い。タダほど高い物はないというだろう。
正義は適切な程度、具体的な金額を提示して買わねばならん。正義は多すぎても少なすぎてもいかんのだ。
タダの正義はいずれ必ず見返りを求められる。それはそもそも正義ですら無い」
「わかりました」
俺がそう短く返事をすると、マゼルソンはこちらへ顔を向け驚いたように鼻を伸ばし口をへの字に曲げた。何か意外なものを見るような反応を見せている。
「君もだいぶ変わったな。以前なら誰にも縛られたくないと声を荒げたはずだ」
「ある人に――」
俺は一度言葉を止め、息を口から吸い込んで間を開けた。
「言われました。自分の影響力を自覚しろ、振る舞い一つで国が動く意味を考えろ、と。
目が覚めたようでしたよ。あれだけ責任だの何だのと他人に向けて宣っていたのに、自分はそれを何も見ずに偉そうなことを言っていたんです」
それを言ったのは、奇しくもアニエスをマルタンへと導いたクロエだ。だが、誰とは言わなかった。
俺はクロエを恨みつつも、彼女の行動は自らの正義に基づいていることにある種の敬意を抱いていた。彼女は諜報部員であり、どこまで本当かはわからない。
だが、少なくとも俺の目に映る彼女の行動には、連盟政府への絶対的な忠義と他を顧みずに自国を良くしようという信念が映るのだ。
極めて自国本位な行動ではあるが、一貫性がある。
黙り込みクロエを思い出していた俺を見ると「随分成長したな」とマゼルソンは頷いた。
「選挙のときは、責任という言葉を無責任に使い回すような隠しきれない素人感が溢れていたが、今ではそれも懐かしい」
会場に拍手が巻き起こった。舞台は暗く、男が一人でスポットライトの中で立ち尽くしている。第三幕が開けたのだ。いよいよオペラのアリアが始まる。




