ツヴァイターラングロジェの銃声 第十話
「もう少し具体的な話をしようではないか。
これは姫と騎士のおとぎ話ではない。助けた後も世界は回り続ける。
君は皇帝を助けた後、移動には困ることはあるまい。だが、寄る辺として頼るのはどこだね?」
「それは」と言おうとしたが遮られた。
「言わずとも分かるぞ。今の話を聞いてしまった君は、さしずめギンスブルグ家に直行するつもりだろうな」
その通りだ。見抜かれていることなど分かっているので驚きは少なかった。
だが、マゼルソンは「私の家には連れてくるまい。君はにわかに私を疑っているからな」と付け加えて、こちらを見て不敵に笑った。
それにはさすがに驚いた。だが、そこには申し訳なさもあった。
確かにマゼルソンの家には向かわないつもりでいた。だが、それが彼への不信であることに気がついたのは、彼自身の言葉を聞いてからだったからだ。
脇の下がヒヤリとしたができるだけ伝わらないように抑え、首を前に小さく突き出して頷いた。
「だが、それでいい。
法律省直下の市中警備隊が救出、共和国内に皇帝が戻ると同時に和平派の軍部省が皇帝を軟禁。そうメディアに発表すれば誘導的な記事を書いてくれるだろう。
幸い、スピーク・レポブリカやザ・ルーアとギンスブルグ寄りなメディアが多い。
そうなれば帝政の再来を勝手に危惧する共和主義者は、皇帝は共和主義者の手の内にあると勘違いして黙る。
よくできたシナリオでは無いか」
この間、シンヤに会いに行った時、アニエスの動向はメディアに嗅ぎつけられていた。報道管制が徹底的に敷かれたが、皇帝の末裔のその動向とマルタン亡命政府の皇帝擁立が結びつくのは避けられない。
出現の噂が出た末裔と亡命政府で擁立された皇帝が同一人物であるという真実に辿り着く者もいるはずだ。
シンヤに会ったとき、つまり皇帝擁立が宣言される数ヶ月前の時点で、皇帝は共和主義者の内側にいた事になる。
にもかかわらずマルタンでの亡命政府が皇帝を擁立するに至った経緯をほじくろうとする者が出てくるはずだ。
アニエスの滞在先であるギンスブルグ家、訪問先であるマゼルソン家はどちらも関与を否定する。そうなると責任はアニエスだけに向けられるのではないだろうか。
「数年前ならいざ知らず、今でこそ世は和平派共和主義者の物。腐敗の象徴たる皇帝であると自ら宣言したアニエスが処罰の対象になりませんか? それに、幇助したあなたにも責任追及が及びますよ?」




