ツヴァイターラングロジェの銃声 第九話
「私の為を思っているのかね? 生意気だな。
相手は皇帝だ。和平派である軍部省や金融省長官の部下や関係者が、戦争を継続し続けた皇帝を擁護したとなると混乱は目に見えている。
その一方で、私は帝政思想ではないが、皇帝を擁護しても差し支えない帝政原理思想だ。私が動いたことにすればいい」
「マゼルソン長官がネルアニサムであることによる救出はわかりました。ですが、法律省でする理由は何ですか?」
「省内にはルアニサムが少なからずいる。だが、ネルアニサムはごく少数。
君にはこのオペラ座にいる間は有象無象、市中警備隊と同じルアニサムでいてもらう。
強硬派メディアである『ルーア・デイリー』紙には、数週間前から市中警備隊にルアニサムが蔓延っているというタレコミをしてある。
世間は市中警備隊はルアニサムというのを無意識に刻み込まれている。
それから救出後にはネルアニサムの皇帝の擁立者となってもらう。
市中警備隊にいるネルアニサムが皇帝を擁立し、皇帝側もそれを受諾することでルアニサムを押さえ込める」
「帝政思想狩りですか……」
「帝政思想は読んで字の如く、ルーア家の思想。
帝政原理思想は遙か昔に支配者の地位争い“紅袂戦役”で敗れた分家、フェルタロス家の思想。
利己的だろうと真心だろうと、共に皇帝を慕う気持ちが根底にある。ルアニサムを捕まえてもいきなり処刑はせんよ。かつてのマルツェル帝が寛容であったようにな」
マゼルソンは話を終えると、再び舞台の方へ向いた。
「尤も、彼らが国に、今日の共和国に対する脅威が一切無く、さらに利益をもたらすというのが前提ではあるがな」
付け加えるようにそう言った。だが、視線は合わさず妙に低く小さな声で言ったのだ。
おそらく、ルアニサムを掲げた者の居場所はルーア共和国には存在しないだろう。
もし俺がウィンストンの車の中で考えていた無計画なアニエス救出作戦を身勝手に行っていた場合、想定していたよりも遙かに過酷な未来が待ち受けていただろう。
俺はこの人に、この人に限らず、ユリナ、シローク、ウィンストン、マリーク、共和国に来てから出会った人たちの全てに、感謝しなければいけないのかもしれない。
脇腹が痛むような気がして、唾を飲み込んでしまった。
それからしばらく、俺はマゼルソンの右横に立ったまま、舞台を見ていた。
「さて」と再びマゼルソンは話を切り出した。




