ツヴァイターラングロジェの銃声 第六話
「私が予てより考え続けていたもの、それこそが帝政原理思想だ。
本来の皇帝への畏怖と敬意などは形骸化し、御稜威の威を借りようと群がり、金持ちと元貴族の既得権益の保護が目的だけの帝政思想とは大きく異なる。
同じ思想と並べられること自体おこがましい」
「共和国のイメージですが、そこで思想といえばあまり良い印象を抱きませんね」
「共和制移行時にテロを起こしたプロメサ系共和主義者は自らの行動を思想に基づくものと主張していた。
そのせいで考えることをしない者たちはメディアの言うことを全て、さながら口に入ってきたものを咀嚼せずに丸呑みする嚥下の反射のように次から次へと鵜呑みにした結果、思想を抱くことをタブー視している。
尤も、共和制を維持していく為にメディアを利用し、特定の思想を抱かせないようにしてきたのは、我々政治家でもあるのだが。
全くもって、無知は恥ずべきものだ。考えることすらしない。最近の者たちは歴史を知らない。紅袂戦役もかつての内乱としてしか扱われない。
悲しいことにヘルベルトのことなど、誰一人として知らないのだ」
マゼルソンは肘掛けに肘を乗せ、残念がるように口元を掌で擦った。
「帝政思想とは大きく違うと言うことなど当然知りもしない。
“思想”という言葉そのものが危うい言葉として認識されて一つにまとめられ、思想にも種類があり違うものとして理解出来ないのだ。
民衆は思想という単語そのものを危険視し、その民衆から出た帝政思想が知っているのは、ネルアニサムは帝政思想ではないということだけであり、帝政系思想の異端と見なし排除の対象でしかないことだ。
確かに、ネルアニサムもかつて帝政を追い出して王政を敷いたので、それも間違いではない」
「ルアニサムあってのネルアニサムのはずですが、なぜネルアニサムは原理的な思想だと言ってるんですか?」
「王政が出来たことで帝政とは異なる思想が出来た。それにより、帝政思想と言う思想が明確化したからだ。
帝政に大いなる原理を与えたが故に帝政“原理”思想なのだ。我々こそが原理だと主張しているわけではない」
とマゼルソンは小難しい話を厳めしい顔で……
「などと小難しいことを言うかと思ったか?」
始めなかった。口角を上げてこちらを見た。
「鶏が先か卵が先か。ものの例えにケチを付けるのは不粋だが、ルアニサムもネルアニサムも、ニワトリでも卵でもない。
そもそも、帝政思想がいつ頃現在の形として形成されたのか実は定かではないのだ。
共和制が敷かれたことで真っ向から対立する思想であったため、一部元貴族の間に広まっていたものに過ぎなかったのが目立ち始めたのだ。
帝政思想は、皇帝を中心としてあがめ奉るような当初の形を既に失っている」
マゼルソンは突然黙り込み、顎を弄りだした。
「うむ、当初、というのはおかしいな。既得権益維持のための看板に皇帝を使っているだけで、ルフィアニア大陸の国家に住まうものは掲げなくとも皇帝を崇拝していたはずだからな。
どうもこう言い続けては君に帝政思想が徹底悪であると植え付けているようで嫌だな。
帝政思想を掲げる者はかつてこう語った」




