ツヴァイターラングロジェの銃声 第五話
「マルツェル皇帝がヘルベルトを軍ではなく司法に宛がったのは、武力を持つことから遠ざけることではなく、彼に追随する者たちの道を円満に開く為だろうな。
意図はそれだけに留まらず、平等であるべき法の支配が不平等だったことが原因の一つでもあった過去を無くすためだろう。そう言った過去を持つ者が法の秩序を握れば、頑固なまでに法は守られる。
だが、後に次男はヘルベルトと意見が合わず、北へと旅立つことにした。マルツェルが甥の道中を案じて遣わした付き人と共に人間の世界へと入り穏やかに暮らしたそうだ。
その子孫が君の内縁の妻と言うことだ」
「そして、占星術師一族を築いたと言うことですか」
マゼルソンは深く頷いた。
「私はマゼルソン家長として、そのどちらの皇帝にも仕え、そして、立場を与えてくれたことに一族の名を持ってして報いなければいけない。ルーアの国をよりよいものへと変えていく義務を帯びている」
だが、時代は大きく変化した。
帝政は最後の民書官メレデントにより崩された。否、崩されたと言うよりも、彼が欲を掻いてくれたおかげで、古く石灰化し国を内部から蝕んでいたものを崩すことが出来たとも言えよう。
今日の共和制は申し分なく、この八年間は歴史上類を見ないほどに安定している。
だが、かつての象徴たる皇帝が現れてしまった。国民は動揺を見せただろう。
どれほど共和制が浸透しようとも、無意識に刻まれた絶対的畏怖の念を抱く存在が帰還したのだから。
これからの国政において、どれほど共和制を謳おうと皇帝の存在を無視していくことは不可能だ。
私は予てよりあることを理想として、密かに胸中に抱いていた。
もし、万が一ルーアの一族がその血筋を絶やすことなくこの世界のどこかで生きていたならば、という仮定から始まる私の妄想だ。否、だった。
フェルタロス家が頂点に君臨し王政となったとき、そのときの政治体制は些か変わっていた。
当時、皇帝という存在は確かにあった。だが、そのとき皇帝になったルドヴィークは、表に出ることを極端に嫌った。そこで皇帝の存在を神格化し、政治の表舞台に出なくて済むように息子たちが取り計らった。
皇帝の下に、実質的に国を治める王と言う立場が出来たのだ。
フェルタロス王朝時代は長くはなかったが、私の価値観では、極めて現代社会においては理想的な統治体制だと考えられる。
最終決定を皇帝一人に全て任せるのではなく、分野ごとにそれを生業とする最も適した者たちを宛がい、別々に実行していく。
かつてのものとは少し異なるが、効率が良く負担も少ない。




