ツヴァイターラングロジェの銃声 第四話
「不愉快か。それは失礼だったな。
だが、君はペン先を紙に押し当てたとき、その先端からインクを吐き出さなくなったらどうする? 捨ててしまうだろう。
避けられぬ死を目前に控えたとき、伝えたいことを残すためにペンを握ったとしよう。もし書けなかったら君は無念だろう?
日常から差し迫ったときまで、なぜペンを握るのか。それは必ず書けると信頼しているからだ。
道具はその役割をしっかり果たすと言う前提で使われているのだ。
人やエルフよりもよほど信用できる」
「俺がアニエスを助けるのは変わりません。ですが、何があろうとも個人で向かいます」
「それはつまり着ていかない、ということかね?」
「いえ、それをどうするかはこれから決めます」
少しばかり反抗してやりたい気持ちもあったのでそう言った。だが、マゼルソンにそれは見抜かれていたようだ。
「私が何故こんなところに、そのような格好で来いと呼び出したのかをよく考えろ」と言うと鼻息を溢して喉を低く鳴らした。
俺は俺で自己中心的に、自分がこれからしようとしていることにマゼルソンが何から何まで協力をしてくれるものだとばかり思っていた。
話は単純ではないことは分かっていたが、より具体的なことをしてくれると期待していた。
だが、服を着ていけという、制服を支給するだけでややがっかりした気分を味わっていた。
黙っていると、マゼルソンは肺の奥底から出すような本格的に大きなため息をした。
「わからないというのなら、私から謎解きをさせてやろう。君はなぜ皇帝を助けるのかね?」
「俺の家族だからです。これ以上家族を失いたくない」
「ふむ、君とっては家族か。それはそうだな。だが、私にとって彼女は違う」
「ただの暗殺対象でしょうね」と舞台の方を見ながら言った。
「はて、それはどうかな。では、私は何者かね? 何者であるか。為人ではなく、君たちの前で幾度となく明らかにした私という存在は何者だ。君自身の口から言いたまえ」
俺は視線を合わさずに、「ルーア共和国法律省長官、ヘリツェン・マゼルソン」とこれまでを思い出しダラダラと言い始めた。
「現在は空席となっている政省長官も兼任している。そして、帝政原理思想筆頭……」
言葉を飲み込んで黙り込んでしまった。マゼルソンの言いたいことはそこですぐに理解出来た。だが、話はそのように単純ではないはずだ。
先ほど俺に出した命令にアニエスを、皇帝を救出しろというものは入っていない。
マゼルソンは俺が彼女を助けないわけがないと思っているのだろう。
実際にそうだ。俺がマルタンに入る理由など、それ以外にはない。
俺が黙り込んだことでマゼルソンはやっと伝わったかと安堵したようになった。
「気づいたかね? 君が思った通りだ。私は皇帝を殺害して欲しくはない」
「帝政思想と帝政原理思想は違うものではないのですか?
あなたは今皇帝がいないにも関わらず、共和国では禁止されている皇帝崇拝に近い思想を掲げている。
それは根本的に違うから可能なのであって、皇帝がいないからこそ出来るものなのではないのですか?」
「何だね? ネルアニサムがただの年老いた懐古主義者の集まりだとでも思ってるのかね?」とマゼルソンはやや不機嫌になった。
「そういうわけでは……」とは言ったものの、俺はネルアニサムを責任が保障された自由の中で反政府的なことを主張する、要するに異端者気取りのようなものだとどこかでは思ってはいる。
と言うのも即座に見抜かれた。マゼルソンは「全く」とぶつぶつ言いながら顔をしかめた。
「ならば、ネルアニサムについて少し話しておこう。よくわからない保守やノスタルジー集団などと同じにされては困るからな」
舞台の上では、スポットライトを受けたソプラノの女性が「東の果ての宮殿の中で、何千年もの昔……」と歌い始めていた。




