ツヴァイターラングロジェの銃声 第三話
「知らなかったですが、ハッピーエンドですね」
「そう思うか」と言うとふふふと笑った。
公演されているオペラはそのトゥーランドットのようだ。
エノクミア語に訳され、舞台のセットも全てエルフたちに身近なものに置き換えられていた。
入り口付近で待機していた燕尾服の男性が椅子を持ってきて、どうぞ、とマゼルソンの横に並べてくれた。
しかし、俺は座らなかった。燕尾服の使用人にお礼を言うとマゼルソンの方へと向き直った。
「ご用件は何でしょうか。わざわざ薄暗く話しづらい演劇の席に呼び出したのは何故ですか」
問いかけにあまり反応を見せず「オペラを嗜まないのかね?」と前を向いたまま答えてきた。
「宿の警備が厳重で、ここに来るために協力して貰った子がいるので」と小首をかしげ、片眉を上げて笑って見せた。
マゼルソンは「甚だしい粗忽者だな」と首を少し右後ろに向け、右手を小さく挙げた。
ドア脇に立っていた燕尾服の男性とメイド姿の女性が小さく礼をすると、音も無くドアから出て行った。
残された俺とマゼルソンはしばらく何も言わず、舞台の上では群衆に扮した演者たちが砥石で何かを研ぐような仕草をしている。
「さて、今回の作戦で君にして貰いたいことがある」
「残念ですが作戦には参加しません。愛した人間を殺せというような連中には協力できません」
「ではアニエス女史を見殺しにするのかね?」
「いえ、しません。俺一人で助けに向かいます。
あなた方の計画している作戦で起きる混乱に乗じて、共和国でも連盟政府でもない、ただの個人として、皇帝でも何でも無い、ただの一人の女性を助けに向かうだけです」
「ほう、そうか」とマゼルソンは驚いたようになりこちらを見つめてきた。
「ならば、ちょうど良い。だが、軍属という枠組みから外れてただの一般市民として現地に向かうなど勿体ない。
貴様はたった今から市中警備隊に所属してもらう。命令は一つ。我が隊の制服、今まさに来ているそれを着てマルタンに向かえ。
君は隊の行動やルールに従う必要は無い。君が行くというのなら、私から君だけに直接出す命令は、それを着て現地に行けと言うものだけだ。あとは自由にして良い。
市中警備隊を取り仕切る法律省の長官である私がそう言ったのだ。私の命令だけに従え。最高責任者である私がそう命じたのだ」
もはや毎度のことであり、今回もかと「簡単に言いますね。まるで俺は物ですか」とやや諦めたようになり、思わず溢してしまった。
黙ってやれと言われるか、鼻を鳴らして無視されるかと思った。しかし、意外にも「物として扱われるのは不服かね?」と尋ね返してきたのだ。
「者である以上、それは不愉快です」




