車中の思惟 第二話
共和国、ユニオン、連盟政府、北公、そして亡命政府。その全ての動きを考えると、自分の今すぐにしたい行動は最大の悪手である。
俺は和平を目指して進んできた。一度は立ち止まり、逃げだし、そして悩んだ。今もそのやり方が正しいのか、常に悩み続けている。
もし俺が自分の悩みを含めた全てを無視しアニエスに会いたいという一心で動いてしまえば、その中にある協調関係を破綻させかねない。
アニエスはルーア皇帝の分家の末裔。本家は帝政の終焉と共に途絶えたが、その本家に遜色の無い血統。かつて帝政ルーアを何千年にもわたり治めてきた、その力の根源たる時空系魔法の使い手。
皇帝としての器は完璧である。ただ一つ違う点を上げるとすれば、それはエルフか人間かと言うことだけなのだ。
その一つが気に入らない、エルフ至上主義者と言う者たちも存在する。
連盟政府のクロエは、亡命政府にアニエスを皇帝に擁立させることで亡命政府ではなく正式な帝政ルーアの臨時政府として発足させようとしている。
その後、共和国で行われる直近の長官選挙でコントロールしやすい候補を当選させ、その候補に皇帝への寛容な姿勢を見せることで世論を動かし親皇帝に段階的にしていき、最終的に共和国と帝政ルーアを和解させようとしている。
(あぁ、しまった。ユリナにセルジュ・ギルベールのことを伝え忘れた。まぁ、いいか。どうせ後でまた会わされる。そのときでいいか)
長期的なものではあるが、最終的にアニエスの身も保証される。
しかし、それはあまりにも理想的すぎる未来予想図だ。確かに、理想的な未来を国民に与えていかなければ国家は成長していくモチベーションを維持することはできない。
だが、そうすることで連盟政府が得られるメリットがあまりにも不透明で、何か他に魂胆があるというのは間違いないのだ。
疑れば事実などこの世界に存在しなくなる。だが、ここでは一度それを信じてみたとしよう。
俺は今すぐにでも、マルタンに向かうことは可能だ。
移動魔法を使って車から抜け出し、マルタンに向かい、「アニエスを悲しませるヤツは敵だ」と啖呵を切って、アニエスの騎士さまのようなふりをして彼女を救出する。
皇帝がいなくなったことで亡命政府はたちまちただの反政府勢力に成り下がり、ユニオンは正式にマルタンを鎮圧する理由を得る。
いなくなると同時にユニオンは攻め込むだろう。現在亡命政府に拉致監禁されているヘマ・シルベストレとアニバルは解放され、紅袂の剣騎士団とウリヤ・メレデントは捕まる。その後の扱いでユニオンと共和国は紛糾する。
ユニオンは不法占拠の罪を問い、共和国は絶対禁忌の帝政思想を掲げたことで裁判さえ行わずに処刑してしまうかもしれない。
まだ幼いウリヤ・メレデントに全て責任を押しつけて逃れようとする醜い者たちも出てくるだろう。
ウリヤはその後どうなるかはわからない。処刑を免れ生き残れたとしても、徹底的な監視の下に職も選べずに窮屈な人生を送ることになるだろう。
そして、同時に連盟政府も侵攻を開始する。
マルタンは連盟政府の一地域だと彼らは未だに定めていて、自らの領土回復を計ろうとするからだ。
北公との戦線が激化しているので、充分な戦力をマルタン戦線へは割くことが出来ないはずだが戦闘は起こる。
その背後には商会による圧力がある。
商会は当初北公に敗北をもたらさないという条件の下、アスプルンド零年式二十二口径雷管式銃と硝石を取引する契約をした。
しかし、北公は独自で硝石鉱床を獲得してしまった。それに激怒した商会は北公から所属商人たちを全て撤退させ、さらにアスプルンド零年式二十二口径雷管式銃を持ったまま雲隠れをしてしまった。
昨今、商圏が切り取られている商会はなりふり構わなくなることが予想される。
商会の私設軍は大規模ではないが、戦力としては大きいはずだ。




