巨塔集う 第十一話
「共和国は銃の歴史が長い。スナイパーはフリントロックの時代からいる。
当時はパンパカデカい音出して希に当たれば良い程度で重視されてなかったが、それから発展していった。うちのジューリアの功績だ。
おたくにも貸し出してる魔法射出式に使われてる黄金螺旋腔綫の開発もその過程で生まれたんだ。
最近銃を撃ち始めた人間とは扱ってる時間の長さが違うんだよ。
狙撃は綿密な計画のうえで実行される。チャンスが一度しかないというのなら、そのチャンスをただのチャンスではなく、その一度を失敗など存在しない完全な予定調和になるまで調べ上げ計画を立てる。
それでも信用できないか? ただ、まぁ問題はある。現地の情報が少ないことだな」
ユリナはテーブルの上の書類に手を突き前屈みになると、顎を引き気味にしてルカスを真っ直ぐ見つめながらそう言った。
ルカスは背筋を伸ばすように首を下げて、「なるほど」と頷き返した。ユリナの恫喝ではないが覇気のある視線と言葉にそれだけで充分理解出来たようだ。
「では、私はマルタンの地図と最近の航空写真、市庁舎の設計図などをすぐに集めさせよう。
仮王宮はかつての領主の大きな屋敷でユニオン行政区分のマルタン市庁舎だ。あの建物は芸術広場に面している。
最近は高層建築が増えているが、亡命政府に占拠されたことで工事の遅延や停止が相次いでいる。そもそも、街の景観保全の為に積極的ではない。旧市街の地図で良かろう」
ルカスの言葉にシロークがルカスを伺いながら眉を寄せた。
「地図にしろ何にしろ、良いとは思えないが? 戦略的に重要な情報をそうも容易く差し出してしまって。私たちはグラントルアの観光地図ですら渡すことに躊躇があるというのに」
「狭量に隠してどうする。我が国の存亡がかかっているのだ。それくらい差し出すことなど他愛もない。
失敗するわけにはいかないというのに成功への架け橋である情報を出し渋るのは、砂の上に家を建てることと変わらない。
共和国との絆が大きな岩石であるのならば、私はその上に家を建てる。現に、シローク殿は今忠告してくれたではないか。それで充分だろう」
ユリナはヒューッと上機嫌に口を鳴らした。
「さっすが、アホウドリさん。太っ腹だぜ。ユニオン人のそういうとこ私は好きだぜ。こりゃますます失敗は許されねぇな。じゃ早急に頼むぜ」
「なに、ヒトとエルフは空を飛び始めた。いずれ街の様子など上空からは筒抜けになる」
ユリナは「そらそうだな」と言うと手元のテーブルの上に散らばった書類を集めて立てると、とんとんとまとめた。
「とりあえず私から現時点で言えることはこれだけだ」と言うと何か言うことはないかと確かめるように、俺以外の会議参加者を見渡した。
シロークは特にないようで、右掌を小さく出した。ルカスはテーブルの上で両掌を開いてみせると両眉を上げ、そしてマゼルソンは目をつぶり左右にゆっくりと首を振った。
ユリナはあいわかったと頷くと、ルカスに掌を向けて返した。するとルカスが「では、明朝に再び会議を行おう。一時解散とする」と言った。
しかし、誰も立ち上がることはなかった。ユリナが口をへの字に曲げて俺を見ると、「で、そこで猿轡付けられてるのはどうするんだ?」と言った。




