巨塔集う 第九話
長議室は窓がなく、出入り口は正面のドアと使われていない非常ドアのみだ。
占めきられた空間に閉じ込められていた空気が、その場にいた全員が覚えた焦りと不安により張り詰めているのを肌で感じる。
そこへシロークが「ユニオンの独自の新通貨発行にも焦りが見られるが……」と小さな声で呟いた。だが、すぐさま「いや、こちらは置いておこう」と話を終えた。
シロークの囁きで沈黙は崩された。
ルカスが咳き込むと空気は戻り始め、首を左右に動かして全員を見回したあとに俺の方を向くと、「ところで、イズミ君にもご理解いただけたのかな。先ほどから黙っているが?」と尋ねてきた。
馬鹿にしてんのか。クソが。何も言えるわけ無い。
話をする順番をあえてそうしたのだろう。成功しなければ、既定路線であるアニエスを失うことだけでなく、目指している和平さえも遠ざかることを強調する為だ。
世界はどうしてそう言う選択肢を繰り返すのだ。一人の死による和平か、我が儘を通して世界を殺すか、なぜこういう選択肢ばかりなのだ。
そんな世界は救済に値するのか?
俺はそれ以上は考えるのを止めた。そして言葉さえも思い浮かべずに、何も言わずただルカスを睨み続けた。
それに何の意味も無い。何かすぐに言い返せるほど頭の良いわけでもなく、考えたところで何も思い浮かばない。沈黙で全てを理解させるほどの空気を支配する才能も無い。
俺はただ、世界は救うに値しないなどという、ただの諦めを誤魔化す為に気取ったような言葉に言い換える思考停止しただけの悪役が如何にも言いそうなことしか思いつかない自分が嫌で、睨みつけることしか出来なかったのだ。
何も言わない俺にルカスは特に反応を見せず「では作戦についてもう少し具体的に話すとしよう」と言うとルカスは腰掛けた。
すると「そこからは私の出番だな」とユリナが入れ替わるように立ち上がった。
「ユニオンが軍を大規模に動かせないって理由がやっと分かったぜ。
オッサン、まず分水嶺の話をするべきだったな。マルタンの市街地での予想される戦闘はおおよそユニオン軍に任せ精鋭のみを送る予定だった。
だが、状況が変わった。こちらも旅団規模での派兵をさせてもらう。
選りすぐりの兵士を行かせる予定だが、全員がウチの女中部隊クラスの精鋭というわけにもいかない。こっちも色々あるのでその程度で何とかして貰う。
山岳地帯で想定される戦闘は相手が連盟政府と商会だ。人間様同士の問題だから、申し訳ねぇんだが共和国は手出しを出来ない」
「協力の増強に感謝する。分水嶺の方についてはユニオン独自の問題でもあるので、こちらのみで対応する。
市街で作戦行動をする予定だった部隊を一部山岳での作戦に移す。それについて、あるところに支援部隊を要請してある。マルタン市街の方はユニオンと共同で作戦を遂行していただきたい」
ユリナは「おっけー。じゃ共和国軍兵士が現地入りするに際して、まずはマルタンをおもっくそ空爆するわ」と親指を立てた。
ルカスは笑顔のユリナに不穏な気配を覚え、怪訝な顔をして「空爆?」と尋ね返した。




