巨塔集う 第六話
「私は随分と信用されていたようだな。
だが、私はユニオンの大統領。我が国の国益を最優先に考えるのは天命だ。例えその道の上にいくつもの屍が並ぼうとも、私は国家の為にあらなければならない。何とでも言うといい」
「じゃ尋ねるが、あんたの大事な家族が、あの二人の娘が死ぬことになっても、あんたは前を向けるのか?」
ルカスは黙った。目をつぶり、テーブルに指をこんこんと叩きつけ始めた。
次第に叩くペースが上がり、貧乏揺すりのようになると一度大きくコツンと強く叩いた。両手を高く上げてテーブルに叩きつけたのだ。
カップやペンケースが飛び跳ねて陶器のぶつかる乾いた音が響き渡ると、会議室が静まりかえった。
ルカスは止まらずに額に青筋を浮かべて俺を睨みつけると、
「いい加減にしろ! だから私は貴様に娘たちを任せようとしたのではないか! 貴様に内縁の者がいると何故言わなかった!」
と怒鳴り声を上げた。
「オッサン、落ち着けよ。こいつはこういうヤツなんだ」
ユリナは組んでいた手をほどくと、大きく揺れたテーブルの上で倒れたペンケースやカップを戻しながらそう言った。あぁあぁとぼやくような声を上げて、コーヒーで濡れた書類をつまみあげている。
「確かにそうだな。私からも言わせていただこうか」とマゼルソンが立ち上がった。
「彼は非常に感情的だ。物事の判断に感情を優先させる傾向がある。別に悪いことではない。だが、兵士には向かないというのははっきりしている。
このような性格の人間に、殺害対象を一カ所に留めさせる楔としての役割を与えるのは些か問題があると私は考えるが?」
「おい、ジジィ」
ユリナがドスの利いた声を上げた。珈琲にまみれて重くなり角から茶色の滴を垂らしていた書類束を乱暴に投げ捨てると
「あんたが口を開くのは反対意見だと思ってた。
実行に際しての直接的な反対ではなくて、甘っちょろイズミが向いてないって外堀から埋めてくのも想定済みだ。
帝政原理思想だかなんだか知らねぇが、皇帝派閥は黙ってな」
とマゼルソンを睨みつけた。
マゼルソンは口を噤むとユリナの方へ首を曲げた。
にらみ合いが続くかと思われたが、マゼルソンは二、三度頷き「それもそうだな。では、私は控えておこう」と妙に素直に引き下がったのだ。
珍しく嫌味の一つも言わずに引き下がったことに違和感を覚えたが、そのとき俺の方に目配せをしてきたような気がしたのだ。違和感は別の何かに変わった。
マゼルソンが座ると、ユリナとのやりとりは終わった。そこへシロークが挙手をした。
ルカスは右掌を差し出して、発言を促した。シロークは頷くと座ったまま話し始めた。




