マティーニに銃弾を 第六話
閣下のとどめの一言にヘルツシュプリングはついに怒りが頂点に達したようだ。
「何だと!」と声を荒げ、閣下に人差し指を突き立てると、
「あの魔物喰らい一族の小娘がッ、こともあろうに下将だと!?
あの小娘はこれまで何を成したと言うのだ! 地位が付く軍人ならこれまでの武勲を上げてみせろ! ただ異端な能力を持っているだけだ!
それに今はもういないではないか! 連盟政府と内通していたあの男が手放したではないか!
それなのに二階級特進だと? 裏切り者のくせに将官になるなど有り得ない!
腐っている! 腐敗の始まりだ!」
と顔を真っ赤に膨らませて怒鳴りちらした。
裏切り者で将官になったのは私の方が先だ。知らないのではなく、おそらくヘルツシュプリングは私を認めていないのだろう。
立場など意味があるのか。私にしてみれば、それは足枷でしかない。スパイを続けるのであらば、これ以上の昇格は御免被りたいものだ。
それはそれでありがたいことだが、私を留め置こうとする閣下の目的でもあるのだろう。
地位など言う、くだらないものに縛られて生きるとはかくも無様なのか。
階級は堕ちるところまで堕ち、無期謹慎状態の元将校など戦争に必要なのか。
私は自分が思っている以上に引き金が軽いようだ。ここで握ってしまってもいいのではないだろうか。親指は銃身を伝うように撃鉄へと伸びていた。
しかし、閣下は止めた。
ヘルツシュプリングの方へ振り返ると右手を挙げ、私を制止するように振ったのだ。
まるで私が何を考えていたのか全て分かっていたかのような仕草に驚き、ゆっくりと銃口を下へと向けた。
「今の物言いは軍紀違反だが、不問に処す。貴様以上の降格は前例が無いので少々手間だからな。
とにかく、任務にはムーバリを行かせる。貴様の優秀な、貴様自身よりも優秀かもしれない部下たちの出番は無い。
出て行きたまえ、ヘルツシュプリング下佐。それとも、どうしても下佐より下の椅子が欲しいか?
二等兵や三等兵の椅子は空いているぞ。彼らと共にアスプルンド零年式二十二口径雷管式銃を持って泥にまみれるか?
怪我をすればイズミ君が治してくれるぞ? 義手義足は素晴らしい。意のままに動かせる。それで再び戦地に赴くか?」
閣下はゆっくりと椅子に座り、落魄れた将校に視線を送ること無く、冷たく言い放った。
すると、ヘルツシュプリングは眉を寄せて黙り込んだ。
閣下が右手を挙げ人差し指を二、三度振ると、部屋に入ってきていた兵士二人がヘルツシュプリングの両側に立った。
そして、ヘルツシュプリングの脇に腕を通すと、肘を曲げるようにして彼を取り押さえた。
「な、何をする!? この下士官未満の小僧どもが!」とヘルツシュプリングは腕を振りほどこうと暴れた。しかし、鍛え上げられた現役である二人は老人の駄々にびくともしなかった。
拘束していた兵士の一人が「落ち着いてください。閣下の指示の通り、外へお連れ致します」と低い声で言うと、兵士二人は同時に動き出しヘルツシュプリングを引き摺るようにして出入り口の方へと向かっていった。
「私よりも年下の小童のくせに何を言うか! 認めん、認めんぞ! 今に見ていろ! 腐敗を正すのはこの私だ!」
部屋から出て行く間際、血走らせた眼差しと口角に唾を溜め白い歯をむき出しの表情でそう言った。
元々は将軍だったという威厳の面影すら無い、あまりにも無様で醜い顔だった。
ドアが閉められてもなお、無理矢理に覇気を取り繕うような笑い声が響いていた。




