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マティーニに銃弾を 第一話

 一足遅かった。降り始めてしまった雪に足を取られ、のんびり登山をしているうちに、山小屋から既に誰もいなくなっていた。

 だが、ご丁寧にドアに張り紙がされている。誰かが、それもお互いによく知った者がここへ来るというのは分かっていたのだろう。


 風で靡き翻り、今にも止められているピンごと飛んで行ってしまいそうな紙を持ち上げて文字を追うと、


“イズミ殿はお預かりします。”


 と短く書かれている。やたら太いが丁寧な文字は、ギンスブルグ家のあの執事の筆跡だ。


 手袋を外し改めて親指と人差し指で摘まむと、冷たい感触に混じり小さな凹凸がある。紙も共和国で一般的な安価な材質のものだ。まだ凍ってもいないのは、先ほど貼られたばかりだからだろう。


 顔を上げて小屋の周りを見回してみた。

 窓も割れていることは無く、壁や屋根も壊れていない。

 焦げた匂いはするのは、薪ストーブの薪がまだ残って燃えているのだろう。木が折れた形跡も無ければ、何かが焼けた跡も無い。つまり、争った形跡は無いのだ。

 イズミさんは共和国へと連れて行かれてしまったようだ。


――ここまでは全て予定通り。


 マゼルソン長官の予定通り、イズミさんはグラントルアまで連れて行かれた。

 ユリナ長官は手荒なことをして強制的に連行すると思ったが、どうやら穏便に事を運べた様子だ。

 小屋から出て裏の空き地へと続いている雪上の新しい足跡は、大きく深い物と落ち着きの無い小さな物の二つ。あの執事とユリナ長官のものだけだ。イズミさんのものは見当たらない。

 失神はさせられたかもしれないが、怪我はしていないだろう。


 となれば、もうここには用がない。

 キューディラを起動し、「ユカライネン上尉、聞こえますか? ポータルをお願いします」と言うと「了解」と短く返事が来た。

 すると、小屋を少し下った斜面にポータルが開いた。

 私はことのあらましを報告する為に、ポータルを抜け基地へと戻った。



 ノルデンヴィズではもう着てはいられないほどに分厚く、街中をそれで歩けば目立ってしまうような上着を着たまま、閣下の司令室へと向かった。

 コンクリート製の廊下でルスラニア軍人や北公軍人と何度もすれ違い、鉄製の階段を揺らす雑踏を越えて、さらに奥へと進んだ。

 階が上がるにつれてひとけは減ってくる。そして、内装も豪華になる。

 閣下の総司令室がある五階ともなれば、床には絨毯がしかれ、照明も階下のようなむき出しのものではなくなり、暖色系の間接照明になっている。

 閣下は華美や派手なものを極端に嫌う。取り巻きが威厳を保つ為と理由を付けて勝手に豪華にしたのだ。


 上着に積もった雪や靴の裏の雪を払い落とした。

 私は立場上、北公では常にいたという痕跡を残すことを課されており、建物に入る前に雪を払い落とす行為を禁止されていた。雪なり泥なりで足跡を残さなければいけないのだ。無意識で普段から痕跡を消すクセがついていると、これがなかなか難しい。

 だが、絨毯に雪の塊を落としていくのはさすがに顰蹙だ。

 雪を払い襟を正したあと、ノックをして「失礼します」とドアを開けると、閣下は執務机にはおらず窓の外を見ていた。

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