慟哭の痕 第十六話
人差し指でテーブルの上に転がっていた食べ物のかすをデコピンで弾き、俺の左腕に当ててきた。左腕に脂の跡を残して、かすは床に落ちて跳ねた。
「黙れよ、クソ野郎。そういうお前は何処まで何を知ってるって言えるんだ?」
またしても腹の底がカッカとし始めた。ユリナの態度に腹が立ち始めたのだ。
しかし、ユリナはそんな俺のことなど構わずに、指先に付いた脂を惚けた目で見ながら人差し指と親指を擦り合わせた。
そして、「レッドヘックス・ジーシャス計画とアニエスが亡命政府でルーア皇帝として擁立されるぐらいだな。そうなれば亡命政府は帝政ルーアを名乗っても、まぁ、差し支えはない」とあくびをした。
「それだけかよ! そのくらいは俺でも知ってる! クロエに最初に話を聞いたのは俺だからな」
ユリナは表情を一変させた。緩んでいた顔は引き締まり、睨みつけるようになった。そして、「それだけだ?」と低い声でそう言ったのだ。態度にいらつき始めていたが、鋭い視線に俺は息をのんでしまった。
「それがどの程度の規模の問題か、お前は分かっていない。レッドヘックス・ジーシャス計画を、それだけ、と言い切れる時点でな」
「教えろよ。何も分かってないって言うなら、教えてみせろよ!」
突然放たれたユリナの覇気に押されまいと強く言い返すと、ユリナは「聞きたいのか?」と口角を上げた。鼻から息を吸い込み、「まぁそうだろうな」と伸びをした。
腕の関節を軽快にならし「後はグラントルアで話す。早速行くとしようか。優秀な憲兵さんが登ってくる前にな。移動魔法を使わずに、時間をかけてのんびり登ってくる前に」と首を伸ばしてドアの方を見た。
残れば憲兵に――たぶんムーバリに捕まる。
共和国と北公との地位協定は明言されていないが、北公の方が格下である。
犯罪者の引き渡しは共和国側に有利なはずで、共和国側が渡せと言えば即日にグラントルアへ送られる。
俺はどうやら、どうあがいてもグラントルアに連行されるしかないようだ。
「せめてこれか何するかくらい教えろ」
ユリナは立ち上がると椅子をテーブルの下に入れた。そして、ウィンストンに人差し指で合図を出して上着を羽織りながら、
「お前には皇帝の殺害を手伝って貰う」
と背中越しに言ったのだ。




