慟哭の痕 第十三話
「男やもめに蛆がなんとやら、きったねーな。ったく。だぁーっ、くっせぇくっせぇ。すっぱくせぇ」
ユリナは足下の靴下を杖で持ち上げて高く掲げ、眉間に皺を寄せてそれを睨み上げている。
ヒミンビョルグの山小屋は自分が思っている以上に荒んでいたようだ。
脱ぎ散らかした服、置きっぱなしの洗い物、ろくに交換していないベッドのリネン。
昨日の夜に小腹が空いて食べてから出しっぱなしで、乾燥してこよりのようになったザワークラウトと石のようになったバゲット。
フォークが刺さったままのソーセージと歯形の付いたパストラミビーフも表面が乾いている。
寒いから出しておいても大丈夫だろうと一昨日からそのままにしていたものもある。
ユリナは椅子を引くと、座面を一度確認してから座った。そこはアニエスの座っていた所だ。使われていないのだから汚れているわけもない。埃は積もっているが。
ウィンストンは汚らしいテーブルの上を見ると目を見開いた。「これは、なんとも」と小さく呟きながら首を回して見渡した。
それからうーむと喉を鳴らして、テーブルの上の出しっぱなしの食器をまとめ始めた。使用人という職業柄、無視は出来ないのだろう。
ユリナはウィンストンが持ち上げた皿の食べ残しのなかにあった歯形の付いてないパストラミを摘まむと口の中へ放り込んだ。
だが、二回ほど噛みしめたあと、むっと一瞬渋い顔なった。咀嚼をゆっくり止めると前屈みになり、こそこそとキッチンの角の方へ消えた。
棚から使っていないカップをいくつか出し、コーヒーを淹れた。外で寒そうにヘリを整備している数名のヘリの操縦士にもコーヒーを渡して俺はユリナの正面にある柱にもたれ掛かった。
「何のようだ? ウィンストンさんがアニエスの話がどうとかいってたが」
伝えた覚えはないが、対外情報作戦局や白服機関と言った共和国の諜報部は、連盟政府に比べれば甘いが、かなりの地獄耳だ。知っていてももう気にはならないし、隠そうとするほど重要なことではない。
北公でもアニエスは殉死扱いとなり二階級特進して今や下将だ。カルルさんは相変わらず俺とアニエスに甘い。
「そうだ。その話でグラントルアまで来て貰う」
ユリナはコーヒーに口を付けた。だが、その瞬間「まっず。北公名物の出がらしコーヒーはクソ以下だな」と顔中に皺を寄せた。
「無理だ。俺は北公で軍人たちの治療してる。怪我人は毎日絶え間ない。放っておけない」
ユリナはカップ越しに視線をこちらに向けると、「その点は大丈夫だ」と言ってカップを置いた。
「実はもうカルルのおっさんに話は通してある」
突然素早い動きでわざとらしい敬礼をした。続けて「お前さんが連盟政府の諜報部と内通している!」とオトガイに力を込めて梅干しのように皺を寄せて厳めしい顔をした。
だが、すぐに表情を崩すと「ってな。ここに来る直前に。よっ、犯罪者! これから北公の憲兵が押しかけてくるぞ」と笑った。
「クソが! ふざけんなよ。俺の代わりはどうすんだよ?」
ユリナは鼻で笑い、「代わりだ?」と言うと、椅子を足で上げて不安定に後ろに傾けた。




