慟哭の痕 第十二話
聞く気のない俺にウィンストンはため息をつき、首を左右に小さく振った。
「やもめてだいぶ荒んでしまいましたな。お痩せにもなり、無精ひげもそう呼ぶには些かぼさぼさ過ぎですな。お労しい」
何故アニエスがいないことを知っているのか。俺はユリナには報告していなかったはずだ。
しかし、まずはこの不愉快な爆音を何とか止めてやろうと思い、俺は何も言わずにヘリへの横風を強めた。
いよいよローターも負け始めたのか、回転数が減ってきてメインローターの反作用で機体が傾き始めた。
さすがのユリナも焦り始めたようだ。大声に余裕がなくなってきた。
このまま墜としてやる。雪の上なら問題ないだろう。気がつけば口角が上がっていた。
ウィンストンは額に手を当て下を向き、再びやれやれと首を左右に振った。
「今日お伺いしたのは他でもない、アニエス殿についてのお話ですぞ」
その言葉を聞くと、心臓がどきりと一拍打った。その衝撃は大きく、肩がピクリと浮いてしまった。そして、思わず魔法を止めてしまったのだ。
彼女は俺を捨てて、いやどうしようもない俺に見切りを付けて出て行ってしまった。もう二度と会うことはない。無理に会おうとすれば拒絶される。
それなのに胸の辺りが苦しくなったのだ。
横風を止めるとヘリは距離を取るように急上昇した。
「どういうことですか?」
杖を下ろして、ウィンストンの方へと真っ直ぐ向き直り尋ねた。
「もう関係ないと破れかぶれになられるかと思いましたが、やはり気にかけているのですな。
おそらく、あなた自身が最も望む形に、あなた自身の手で持ち込める可能性を示しに来たのです。
奥方様はどうお考えか、それはわかりません。ですが、少なくとも私個人はそうだと思っております」
もう会うことは出来ない。会ってはくれないだろう。しかし、本心では俺は会いたかった。
カモミールの匂いのする彼女の赤い髪に顔を埋めたい。首筋に顎を回して力一杯抱きしめたい。
俺は杖を再び振るい、薪の為に木を切り倒して出来た小屋裏の原っぱの雪を一斉に溶かし、即席のヘリポートを作った。
ウィンストンは「ありがとうございます。イズミ殿」と言うとそこへかけていき、ヘリコプターを誘導していた。




