慟哭の痕 第十話
昨日の夜のウィスキー一気飲みが答えたようだ。目眩もあるが、それ以上に耳元に何かいるようで不愉快だ。
うるさい。今日は非番なんだ。昼過ぎまで寝かせろ。
音から身体を遠ざけようとして寝返りを打った。しかし、それは無視できないほどに大きく鳴り続けた。不愉快に鼓膜が揺れることに目が覚め、ゆっくり目を開けた。
寝室の窓ガラスが揺れている。
また雪崩か。窓の外は青空が見える。気温が上がったので起きたのだろう。麓の夏はここヒミンビョルグでは晩冬か初春くらいだ。雪崩れも多い。
すぐ収まると思い俺は再びベッドに潜り込んだが、全く収まる気配はなかった。
それどころか、次第に大きくなっていく。やがて揺れているのは窓ガラスだけではなくなり、建物全体を揺らし始めたのだ。
ベッドサイドの棚の上に置かれた家族写真立てが小刻みに揺れている。
「うっせぇなァ!」と怒鳴り声を上げ、ベッドから飛び起きた。そして、杖を握りしめて外にでた。
ドアを開けると吹き飛ばされそうなほどの突風とそれに巻き上げられた雪が身体中に吹き付けてきた。腕を顔の前に出し、吹き付ける雪を避けながら庇の下から出た。
晴れているのに影の中にいたので様子がおかしいと思い顔を上げて目を細めると、太陽が見えては隠れを繰り返しているように見えた。
「イズミーッ! おォォォはようございまァァァす! アーテンションプリィィィズ? ヒミンビョルグはァ、今日も晴天ナリィィ! 気温も快適ィ! ヴォン・ボヤージュ! ぶはははは!」
そこら一帯に降り注ぐような大声が響き渡った。それはユリナの声だ。
目を凝らしてみると、逆光の中にいるのはなんとヘリコプターだったのだ。
身体を半分乗り出したユリナが拡声器を抱えてマイクで呼びかけてきていたのだ。
「イズ「キィィィィィン」イズミぃ、お前は包囲されている!」
「うっせーな! 何のようだ! 包囲されるようなことはしてないぞ!」と思い切り怒鳴り返した。機嫌の悪さから来る大声以上に怒鳴らなければヘリのプロペラの音に負けてしまうのだ。
「一回言ってみたかっただけだ! お母さんも来ているぞー! なぁんてな、だあはははは!
魔ァ法少女ォゥ★ブラァックファルコン・ザ・ユリナァ! 奇跡も、魔法も、武力だよ! クラスのみんなには内緒だよぉぉッ! 言ったら殺す! 皆殺しだァッ!
毎回違う詠唱なんかいらねぇ! 喰らえ! 圧倒的暴力魔法!」
ユリナは拡声器を持ちながら歌舞伎の見栄のような仕草を見せ、豪快に笑っている。
クソ野郎。やもめの静かな休日を邪魔しやがって。どこにヘリで現れる魔法少女がいるんだよ。
そもそも少女でもないだろうが! あっちは可愛いから許されるんだよ。お前がやったら大災厄だ、クソ魔女が!
それになんでヘリコプターがあるんだ。どうせガウティング・ゴフだか、チャリントンインダストリーだかに作らせたんだろう。
いちいち兵器開発を気にしている余裕も無い。全くもってどうでもいい。
それから。なんだ。もう色々だ。




